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宇宙から帰還したJeff Mills。その邂逅から生まれる「サイエンスフィクションミュージック」

ミニマルテクノのオリジネーターにして「ターンテーブルの魔術師」と称されるJeff Mills。ダンスミュージックという快楽を追求する音楽の枠に留まらず、彼の作り出す音楽には哲学や思想が色濃く反映されている。そんな彼が長きにわたり考究しているテーマが「宇宙」だ。このことや、その風貌から「宇宙人DJ」とたとえられることも多い。
これまで年に数回来日し、2002年からは毎年10月に1カ月間、週替わりで志向を凝らしたレジデントパーティーを開催してきたジェフが、2006年のレジデンシーをもって日本での活動を封印。3年間にわたる「宇宙旅行」に出て、その旅の記録をアルバムとして発表することを宣言した。定期的に彼のプレイを見られる恵まれた環境にいた日本のファンが、こんなにも長い間、生のジェフが見られないということはこれまでなかったことだ。その封印がようやく解かれ、渇望していたオーディエンスの前に再び姿を現したのが昨年末のWOMBでのカウントダウンパーティーだった。「Jeff Millsで新年を迎えられる」ことに至福を感じるテクノファンは日本だけに留まらず、海外からの問い合わせも多かったという。
12月31日、この日のWOMBには正面に円形のステージが設置され、そのステージ上にはたくさんのCDがディスプレイされたラックがあるのみ。DJセットの姿は見えない。オープンと同時に、フロアに設置された2台のお立ち台に、シルバーのフルボディスーツに包まれた2名の女性ダンサーが登場。シンメトリーにシンクロするダンスのコンセプトは「Advent(到来)」。それは何か特別なことが起きる予感を呼び起こすスピリチュアルな開眼を示唆し、そのダンスは来るべきものへ信号を送り、迎え入れる準備を意味するものだとJeff Millsは定義付けた。この時点ではまだジェフは姿を現さず、オーガニックなパルスを中心にした重厚な胎動のような音楽が、彼女たちのサウンドトラックとして用いられた。
いよいよ正面スクリーンにカウントダウンの数字が映し出された。フロアはいつの間にか超満員の熱気に溢れ、ジェフの登場を待ちわびていた。00:00:00。2010年に切り替わった瞬間、スクリーンにジェフの目覚めを象徴するような目のアップが映し出された。そして、ハードなフライトスーツに身を包んだJeff Millsが3年ぶりに日本のオーディエンスの前にその姿を現した。大きな歓声が上がる。さらにオーディエンスは彼のDJスタイルに息を飲むことに。円形ステージには、ミキサー、4台のCDJ、TR-909が埋め込まれていて、彼は地面に膝まづきプレイをしているのだ! 常々想像を超えたコンセプトを提案してくれる彼だが、このような斬新なプレイスタイルで特別な空間を作り出そうとしているとは、まさに驚愕のひとこと。
もちろん、今回もコンセプト、映像、演出含めすべてJeff Millsのアイディア。円形ステージに斬新なプレイスタイル、その後ろに円形状に映し出される宇宙の映像とアルバム「Sleeper Wakes」のジャケットにも描かれているスパイラル。ライティングもあえてレーザーは使わず、3段に分けて設置されたストロボで視覚を震撼させていた。ジェフ自らが作成した進行表には、時間軸でその時に映す文字、映像、ライティングの細かい指示が書き込まれていた。視覚的こだわったものがもうひとつある。衣装だ。彼は服装さえも音楽のコンセプトのひとつとして捉えている。航海中に身に付けていたフライトスーツの他に、"セカンドスキン"という名のジャンプスーツをこの日のためだけに制作。衣装を手がけたのは、2008年のFirst Transmission、WIRE09でもジェフの衣装を作成したPUBLIC IMAGEだ。航海も終わりに差しかかり、いよいよ地球への帰還が近づいたときにチャンジされた細身のスーツを連想させる"セカンドスキン"は、地球への帰還に際した正装ともいえるものだろう。
オープニングのダンサーパートからクロージングまで、プレイされた楽曲はすべてこの特別な日のために作られた旅の記録。その数はなんと125曲にもなる。ステージ後方に配されたラックのCDは、使用したものを裏返しにしていったのだが、終わったときにはほとんどの盤面が裏になっていた。この日、この場所を訪れたオーディエンスは100曲以上の彼の新曲を聴けたことになる。
地球帰還のスペシャルなショーに先立ち、新作オリジナルアルバム「Sleeper Wakes」がリリースされた。前述のように約3年間の宇宙旅行からインスパイアされた壮大なるスペースシンフォニーだ。ジェフの音楽は「テクノ」とカテゴライズされるものだが、彼自身は自分の音楽を「サイエンスフィクションミュージック」と呼んでいる。コンセプチュアルアートとも呼べる彼の創作する音楽は、単なるテクノとは一線を画するものだ。これからは彼の作り出す音楽を、我々も「サイエンスフィクションミュージック」と呼ぼうではないか。
最新の「サイエンスフィクションミュージック」が、早くも4月に我々の手元に届くという。それは、「Sleeper Wakes」の旅の途中で、宇宙遊泳中のジェフが遭遇したアクシデントのレポートとしてまとめられたもの。実験的なコンセプトを基に作られた「Exhibitionist」から実に6年ぶりとなる一筋縄ではいかないミックスアルバムで、彼の波乱に満ちた旅を確認してほしい。