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理想の音に近づけるヒント 熊野功雄 ✕ Sekitova

 神奈川県川崎市にアーティストの楽曲に魔法をかけてくれるスタジオがある。そこには全国から多くのアーティストが訪れ、理想の曲へと仕上げてもらう者が後を絶たない。川崎市内のとある駅から車で15分。iPhoneを頼りにタクシーで向かうが道に迷ってしまった(これも魔法の影響だろうか…)。あたりが薄暗くなったころやっとの思いでスタジオに到着。部屋には見たこともない音響機器が所狭しと並べられている。このスタジオの持ち主は熊野功雄さん。日本を代表するマスタリングエンジニア(※1)であり、音響ブランドPHONONの代表、さらにはアーティストとしても活躍している人物だ。彼がどのように魔法をかけているのか取材を行ったが、助っ人として若手DJ/プロデューサーとして目覚ましい活躍をみせるSekitovaさんに同行してもらった。理想的な音を作りだすためにクリエイターは何を考え、またエンジニアは何を考えているのだろうか? 「理想の音に近づけるヒント」をテーマに話てもらったが、そこは根っからの音楽好きの2人。会話はいろいろなベクトルに向いていくが、ついつい話を聞くわたしも口元が緩んでしまう。

※1:CDやデータ、アナログレコードなど最終的なメディアに書き出すため、音質や音圧、音量などを調整すること

取材・文:yanma
写真:Satomi Namba

 

 

 
エンジニアにわたすときの効果的な伝え方と意味のない伝え方


熊野:Sekitovaさん、お若いのにすごいですね。僕が若いときなんて、ぼんやりしていただけでしたからね(笑)。

編集部:ファーストアルバムを出したのが2012年で17歳のときでしたからね。デモを聴いてカッコよくてびっくりしたのを覚えています。今日は、DTMをしている読者なら誰もが気になる熊野さんのマスタリングに対する仕事術を聞かせてもらおうと思いまして。それでSekitovaさんに読者代表をお願いして。Sekitovaさんは最近制作の環境を変えたそうですね。

Sekitova:最近までGarage Bandを使っていたんですけど、PCのバグで使えなくなっちゃって。いい機会だしAbleton Liveに変えました。もともとライブセットをやるときはAbleton Liveを使っていたし、今後やりたいことを実現できるのはAbleton Liveかなと思いまして。

編集部:Sekitovaさんは普段、マスタリングはどのように行っていますか?

Sekitova:自分でやるかエンジニアにお願いするか半々です。今日まず熊野さんに伺いたかったのが、楽曲をエンジニアにわたすときの効果的な伝え方はありますか? ということなんです。

熊野:そう思ったのはなぜですか?

Sekitova:プロの手が加わることに対する期待もあるんですけど、自分の好まないものがあがってきてしまうかもしれないという不安感も常にあって。だから僕自身、楽曲制作でもDJでも現場のエンジニアに自分の理想を細かく伝えるようにしているんです。

熊野:まず、恐れるよりも楽しんだ方がいいと思いますよ。100%、もしくはそれ以上の答えを出そうとしてしまうと、楽曲だったりエンジニアさんとの関係だったり、いろんなものを含めて、たぶん煮詰まってしまうと思うんです。マスタリングでできることも多いから、エンジニアに任せてほしいこともあるんですよ。

編集部:ミックスダウンではいかがですか?

Sekitova:自分でやるときはミックスダウンでほぼ整理をつけて、マスタリングでは、それこそ音圧と各パートを馴染ませる作業をするぐらいで。

熊野:自分でできるタイプなんですね。

Sekitova:できるかどうかはわからないですが、自分でやっています。

熊野:誰かにお願いする不安が大きいのであれば、自分でやった方がいい。それは自分でやれる人の考え方なんですよね。僕がそうだったので。マスタリングまでやって、その延長線でヘッドホンまで作っちゃうっていう。たぶんSekitovaさんは、そういう気質なんだろうなと思います。ミックスダウンする際に気をつけてほしいことは、音量を上げすぎないこと。そうすると波形がぺたんこになっちゃうんですね(音圧が高く波形の振幅が少ない状態)。うまいマスタリングは、ぺたんこにしても聴かせたい箇所を聴こえさせてくれる。それはマスタリングの技術なんですよね。ミックスダウンでこれをやってしまうと楽器の音色がだんだんわからなくなってきてしまう。そういうところまでミックスダウンで無理してやる必要はないですね。あと、曲の雰囲気だったり、何をしようとしているのかっていうことを重視してミックスダウンできたらいいのかなと思います。

編集部:話を少し戻して、マスタリングのときに効果的な伝え方や言われて困ることは?

熊野:効果的なのは、やっぱり会うのが一番ですね。会うとなんとなく雰囲気でわかるんですよ。すごく困るのは「4k以上を2dbほど上げてください」とか言われること。「そんな簡単なことで解決するわけないだろ!」って思いますよ。それによって全体のバランスがどれだけ崩れるかって分かっていない。たとえばF1のマシンが時速300kmで直線を走ってて、コーナーをそのまま曲がろうとしても、そうはいかないように、僕たちもしのぎを削るレベルになると数値ってあまりあてにならないんですよ。

Sekitova:むしろ抽象的なイメージを伝えた方がいいんですね。

熊野:そうそう。「このブレイクの後に、フロアが明るくなるじゃないですか?」みたいなこと言われた方がわかるんです(笑)。

 

 

 
再生装置と音楽のトレンド。
その密接な関係とは?


編集部:マスタリングにおける最近のトレンドについて感じることはありますか?

Sekitova:“とにかく音を出した方が正解”みたいなのは、落ち着いてきたかなと思います。いままでは“音を出すための音楽”を作っている節が僕の身の回りであったりしました。でも最近は純粋に楽曲があってのマスタリングだな、っていう順番に変わってきている印象があります。

熊野:音圧ではない価値観がそろそろ出てきてもいいんじゃないかと思ってます。僕はそれを“うっとり感”とかって言ってますけど(笑)。

Sekitova:その曲、作品があったうえで、それをどうやってクラブで鳴らすか、という方向に向き始めている印象です。でもその一方でVoidが流行ったり、サウンドシステム自体が注目されたりしている。どうやって低域を鳴らすかっていう、ちょっとスポーツ的なところもありますよね。

熊野:まさにその通りですね。再生装置と音楽のトレンドって密接に関係しているんですね。例えばここにあるJBLのスピーカーは、ジャズを鳴らすためのものなんです。古い製品ですけど、これにはホーン型のスコーカーが付いている。ホーンで鳴らすと管楽器がよく聴こえるんです。でも最近のスピーカーは、こういったホーン型のスコーカーが付いてないんですよ。昔のスピーカーは中高音にフォーカスされていたんです。ラジオの再生音をイメージしてもらえばいいかな。それから、低域が鳴るスピーカーが出てきてディスコサウンドが成り立った。スピーカーの歴史は低音再生の歴史とも言えます。

Sekitova:再生装置でいうとマスタリングや制作はSonyのMDR-CD900STが主流ですけど、個人的にはクラブミュージックを作るには、正直向いてないと思っていて。どういったものが向いているか教えていただけますか?

熊野:自分でメーカーをやってるんであれですけど…PHONONがいいですよ(笑)。The Rolling StonesやU2のエンジニアをやっているTom Lord-Algeさんだったり、Depeche Modeも使ってくれています。DJではDixonが愛用してくれているし、DJ Harvey、Jeff Mills、Dave Angel、Carl Craigも使ってくれています。PHONONの製品は制作とDJの両方で使えるよう整合性を取っているのでオススメです。

Sekitova:例えばSonyのMDR-CD900STとPHONONのヘッドホンの違いは何ですか?

熊野:これを聴いてみてください。PHONONのSMB-02というモデルです。低音がわかりやすいと思うんです。

Sekitova:高域はいわゆるモニターヘッドホンみたいな鳴りでしたけど、低域の見え方が現代的というか、より分かりやすいですね。

熊野:自分の仕事を進めていくうえで、やっぱり低域がわからないとやりにくいんですよね。だからヘッドホンでもちゃんと分かるようにしました。

編集部:2009年にPHONONをスタートしてから、気付いたことなどはありますか?

熊野:音楽にはスペックや理屈を越える力があることですね。音楽ってテクニカルに積み重ねたF1のような世界でもあるけれども、それで得られる満足感をはるかに越えるものが出てくるときがあるんです。Carl Craigの初期の作品とか今聴いてみてくださいよ。よくできてないから(笑)。Princeだってそう。シンセのピッチ合ってないんです。そういった残念な部分を覆い隠すくらいの個性に人は惹かれるんじゃないでしょうか?

 

 

 
人口知能によるマスタリングの現状


編集部:ベットルームでDTMをしている人は、制作環境改善のため、まずどこにお金をかけるべきなのでしょうか?

熊野: PCで音楽を作ることが前提であればPCですね。ちゃんとしたのでなければ止まっちゃいますし。この問いだとあんまり面白い答えにならないんですよね(笑)。でも、人が楽しいと思う音楽をどのように作るかなんて、いろんなやり方がありますし、スタンスもあります。やっぱりAbleton Liveから出た音はAbleton Liveの音がするなと感じますし、Garage Bandもまた然りです。DAWもひとつのジャンルに聴こえるんですよね。

編集部:DAWでも音の個性が分かれるんですね。

熊野:そうですね。90年代後半なんて全部Akaiの音がしていたように感じます。音のトレンドって制作環境によっても変わるんです。例えばEDMを作るならAbleton Liveがいいと思ってます。

Sekitova:クラブミュージックだったら、DJミキサーに追従したトレンドになっていると思っていて。例えばPioneer DJのDJM-900の3バンドに合わせたマスタリング、もうすこしアナログでテクノの方向だったらAllen & HeathのZoneの4バンドにマスタリングが影響されているのかなと思います。最近だと、E&Sのロータリーミキサーに合わせた曲も出てきたと思っています。クラブミュージックのなかで言うと、実際プレイするDJミキサーによって今のトレンドが作られているなって思います。

熊野:僕もそうだと思うなぁ。

Sekitova:制作環境のトレンドというと、人口知能によるマスタリングサービスもありますが、熊野さんは試されましたか?

熊野:並べて聴き比べたことはありますよ。「良い!」とはまだ言えないけど始まったばかりですしね。アルゴリズムもどんどん変わって改善されると思いますよ。AIによるマスタリングって要するに“アーティストが葛藤なく最適値を出せるようになっていくこと”だと思うんです。それについてアーティスト自身が納得するかどうかってことですよね。

Sekitova:マスタリングエンジニアって、アーティストがトラックを提供して、それに対して正解の音質を探すという性質上、エンジニアの一存だけでは音楽は決まらないですよね。だからエンジニアの方って自分というアイデンティティを犠牲している部分はある程度あるのでしょうか?

熊野:僕の話ですがマスタリングもコミュニケーションしながら作っていくものと思っています。「これ最高ですね!」ってお互いが言えるところまで付き合いたい。でもアーティストが疲れてシャットアウトしてしまうと僕の場合は困ってしまいます。そのときのアーティストの思考回路って“あの人に任せたから、最適な音になっているだろう”ってなっていて丸投げなんです。全部任せてほしいってタイプのエンジニアもいると思いますが、コミュニケーションをしっかり取りながら作りたい。そしてここはAIと本質的に違うところですね。

編集部:最近だとアナログレコードをリリースすることも、以前に比べハードルが下がってきましたが、その場合、マスタリングの作業は変わってきますか? 熊野さんも今年のはじめにModular Ballとしてアナログレコードをリリースされてますよね。

熊野:基本的にあまり変わりません。それにプレス会社の特性が音に反映もされます。例えば、東洋化成は綺麗に仕上げてくれるし、海外のほうが音圧を出してくれたりする。レコードにはプレス会社もだいたい書かれているから、いいと思ったレコードをチェックして情報収集するのがいいですよ。マスタリングも同様に。

 

 

 
音が人に与える作用。音楽と都市の関係


Sekitova:耳が命のエンジニアとしてその聴力の衰えを感じたことはありますか?

熊野:最近、聴覚のテストをやったんです。そしたら耳の特性が20代のままで、年齢によって落ちてませんでした。普通の生活をしてる人だと落ちてくるんでしょうけど、訓練してる人はあんまり落ちないのかなと思います。でも休めるときには休んでください。

Sekitova:まるで筋肉と一緒ですね。

熊野:でも悪い音が出る場所に長時間いるのは本当に良くないので気をつけてください。なのでクラブやライブハウスはいい音であってほしい。

編集部:聴覚の話になりましたが、たとえば音が体に与える影響や作用といった点で伺ってみたいのですが…。

熊野:僕らって低音、キックのある音がかっこいいって言ってますけど、低音って自然界でどういうときに鳴りますか?

Sekitova:地震とか…?

熊野:そう! つまり怖いときだったり、命の危険があるときだったり。だから低音が鳴ると僕らはびっくりする。つまり興奮する。お祭りのときの太鼓の音ってだいたい低音ですよね。意図的に興奮するために人間は低音を扱ってきたと思うんです。でもなんで最近の音楽に低音が必要なんだろう? バッハじゃだめなのか? とも思えますよね。そしてクラブミュージックはとくに都市部で活発ですよね。それはストレスがすごく多い地域なんじゃないかと思って。危険と解放が必要な場所には低音が必要とされるのでは?と。

Sekitova:それこそルーマニアとか。僕も今、自分の快、不快はどこから来ているのかっていうことを調べていて。例えば、僕らがある高音をうるさいと感じるのには、危険を知らされていると無意識に感じているんだと思います。金切り声を聞いて逃げるために、その音が気持ち悪いと感じることが必要だったんじゃないかなと。

熊野:人間が遠くに危険を知らせたりするときって金属を使うんですよね。お寺の鐘とか、ヨーロッパだとベルとか。

Sekitova:持論なんですけど景気が悪くなったり、世の中の情勢が悪くなったりするとシリアスな音楽が流行ると思っています。

 

 

 
熊野 功雄ならではのマスタリング術



Sekitova:オススメのプラグインはありますか?

熊野:リミッターでいいのがあったな。FLUXのPure Limiter v3は長く使ってますよ。すごく自然ですよ。あとPSP Audiowareはいろいろ使っていますがNeon HRというイコライザーが気に入っています。

編集部:特殊なものを使われているというわけではないんですね。ハード類はいかがですか?

熊野:単純にハイクオリティなものですね。どのレベルでやるかによりますけど、既製品を並べてもダメなんですよ。

Sekitova:これはなんですか?

熊野:これはPHONONで開発したPHDという装置です。スピーカーの信号と同期して超音波を出して音を良くします。これはHarlemとDommuneに入っています。すごくリアルになりますよ。うちのスタジオのラージモニターにもつなげています。手元にあるのは繋がっていないもので、何につかっているかというとマスタリングするときにハードのつまみに置いて重しにしてます(笑)。つまみも電気が通ってるんでパーツがぐらつくとその振動が音に乗ってしまうんですよ。

 

 

Sekitova:ガリのもっと細かいものってことですね。

熊野:それは手で押さえても変わりますよ。まぁノイローゼ領域ですけど(笑)。でも髪の毛一本の差が欲しいときもあるんですよ。

編集部:熊野さんならではの企業秘密を少し公開していただけたり…?

熊野:あんまりこういうやり方する人はいないでしょうけど、マスターをコピーして(2ミックスをそのまま縦に並べた状態)マスタリングしたりしています。

Sekitova:見たことないですね…。僕は広域と低域で分けたりしてミックスダウンのときに調整したりすることはあるんですけど。マスタリングの段階でこれだけ細かく足してやってるというのは見たことがないです。この曲はボーカルのアカペラがないから敢えてこれでやっているのか、あるいはこだわって2ミックスでこの処理をしているのか、どちらなんですか?

 

 

熊野:2ミックスでやりたいですね。それは位相の問題がどうしても出てくるので、同じファイルじゃないと大失敗するんですよ。

Sekitova:
楽器ごとの収録データがバラバラに送られてくるステムの状態でも、ステムミックスにはせずに、あえて2ミックスにしてから作業されているんですか?

熊野:ステムミックスはなるべくやりません。できたらください。そうしないと完成のイメージがなくなっちゃうんですよ。完成のイメージをさらに強調するのはいいと思うんですけどステムミックスだと自由すぎて逆に難しいんですよね。作業中なんですけどこのトラック、本当は真空管を通したいんですよ。大きい音で出すと真空管を通すとこんな感じにリッチな感じに変わるでしょ?

編集部:たしかに違いますね! ちなみに熊野さんって師匠はいるんですか?

熊野:いないですよ。いたら怒られまくってこういうことできないと思います。基本的にタブーに挑戦しているようなものなので。スタジオをひとりでやってるので誰も止める人がいないっていう(笑)。





【読者プレゼント】
PHONONのヘッドフォンSMB-02と4000をそれぞれ抽選で1名様にプレゼント。応募方法はclubberiaのFacebookかTwitterのアカウントをフォローいただき、本記事をFacebookかTwitterでシェアすることで応募完了。応募の締め切りは5月7日(日)まで。当選発表は当選者にのみDMでお送りします。


●SMB-02
phonon
インタビューに出てきたDIXONも愛用のモデル。空間表現力、低域再生に優れヘッドホンでのミキシングに最適なスタジオモニター仕様。


●4000
phonon
SMB-02がスタジオモニター仕様ならば4000はDJに最適。SMB-02の音質を気軽に持ち運べるよう小型化を図っている。もちろんモバイル装置の再生にも◎

■PHONON

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熊野功雄

既存の製品だけでなくカテゴリーすらないユニークな製品も開発する音響ブランドPHONON代表。マスタリングエンジニアとしても多くのアーティストから尊敬されている。Alex From TokyoとのユニットTokyo Black Starや、高木権一とのユニットModular Ballとしても活動。アーティストの一面も持つ。2017年1月にはModular BallとしてEP「Purple Girl」をリリースしている。


Sekitova
2012年に自主レーベルからアルバム『premature moon and the shooting star』をリリース。当時17歳ながら、玄人向けのグルーヴィーなディープハウスからテックハウス、ビートダウンまで作り出すアーティストとして話題になる。以降もさまざまなクラブイベントへの出演、Big Beach FestivalやUltra Japanなど大型フェスティバルにも出演している。

■Twitter
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