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Ibiza Through RAHA’s Eyes - vol.90:2017年、最後にもう一旅



 

11/22

今現在は2018年6月。4/17から始めた長期の旅の真っ最中です。日本を出てから既に2ヶ月以上経ったところで、今はイビサそしてBerlinに移動し、これを書いています。今回は、この旅の途中ですが、まだどうしても書けていなかった去年2017年最後の旅のレポートをしておこうと思います。

去年の夏後半~秋の9, 10月の旅を終えて帰国したのが10/12。そこから4週間後の11/10にUnitであのPrasleshのパーティーをやりました。このPraslesh、何度も書いているように、構想を始めてから4年半の月日を経てのようやくの開催、そしてこれに向けても正直かなりハードに準備し動いたので、昨年はこのパーティーが終わったら、自分へのご褒美の意味も兼ね、年内最後にもう一回ヨーロッパに来てしまおうと決めました。ちょうど11/25にBerlinで素晴らしいパーティーがあったので、それで。

“NEW KIDS ON ACID”

毎年1年に1回やっているZIPのパーティーです。毎年素晴らしいラインナップのようで、今年はZIP, Ricardoは当然として、Raresh, Sonja, Roman Flugel, Ataと言ったすごい顔触れが、Water Gateの上下階に組まれていた。いつもは7月で、4年前に一回行った時はFumiyaクンに加えTaroクンも回してた。そのパーティーが今年に限っては何でだかこの11月に行われる事に。加えてこの日にみんなの超人気者のバースデーも執り行われる事になっていた。これは最強に面白いのは分かり切っていた。最高のプランだった。

そして、このパーティーのためだけに1週間ぐらい行って来よう、と思ってたら、じゃあ翌週にちょうどピッタリなパーティーがあるから回しに来てよ、とこれはロシアのARMAのチームから声をかけてもらい、Berinの後にMoscowでDJもする事に。ちょうどいい流れの2週間の旅が組まれる事になりました。

『MEETS @RODNYA』

海外からだと、自分の他に、Nima Gorji, Gescu, Kevin Cookらが居た。ロシア国内だと、Vlada, Denis Koravlev, Zots, Mahar, Daniel, Legaらが入っていた。


金曜夜から日曜昼ぐらいまで続くパーティーだ。自分の出番は土曜夜中の4時か5時とかからか。Nimaの後だ。楽しみだな。




さて、まずはBerlinへ出発。真冬にヨーロッパ行ったの過去に2回あるけど、最近はあえて用事がなければ行かないようにしていた。やっぱ寒いの嫌だし。自分は特に。Berlin行くのも一番遅いので今まで10月後半までにしてた。実際もうムリだし。やっぱり寒くて外に出て凍えている中では自分はあまり楽しめない。住んでいる訳ではない滞在日数の限られているツーリストなので。なので今回は少しチャレンジだった。


が、機内に乗り込んでからここで大失敗を発見。なんと左の耳栓がない。よく考えたら、これはあのセキュリティーチェックの時にポケットに入れてたものをゴソッと出した時にそのまましまい忘れて置いて来てしまったのだと思う。が、気が付いた時は時遅しで、乗務員に言ったがもうドア閉めてしまってるからどうにもできないと。それはそうだ。いきなり旅の始めから、今自分に最も大切な物を失くすという失敗を犯してしまい、旅はスタートした。(もう一つサブのはあったからずっとそれ使ったけど、音の遮蔽率は失くしたものよりも低い)

Berlin着。途中のモスクワ空港は超寒かったけど、ここは思ったより寒くなかった。いつもなら無条件でタクシー乗るところを、この日は大家さんに言われてたとおりにバスに乗ってみた。家のすぐ近くに着くらしいので。
今回は夏じゃないからCDVもやってないからあそこの近くのエリアじゃなくてもいいや、と言う事で、いつもとは違うちょっとだけ下のラントヴェーア運河沿いで見つけたアパートにした。今回はshareだ。前からCocoro Ramenの付近のあの運河沿いのいい感じのとこに住んでみたいなあと思っていたけど、そことはちょっと違うけどその川向かいちょっと斜めぐらいのとこだ。新鮮な気持ちもしてよかった。

171。Hermann Platz行き。すぐ来た。乗り込みこれでオッケーと思ったら、途中までしか行かずになんと途中でみんな降ろされるといったハプニングも。電車の終点でいつも路線図で見ていたRudow。こんなとこ始めて来たよ。夜中なのに。


何とか無事アパートへ。もう0時。遅くなった。
家すぐ分かった。住みやすいいい感じのとこだ。Berlinでエレベーター付いてるアパート初めてだ。


いい家だ。部屋もバッチリ。暖かいし。床暖房が付いてた。新しい建物だ。



あ、最初に言っておくと、このBerlinでの写真、ほとんど撮るの忘れてたので、今回ビックリするほどないし、いつもとは違って本当に超サラッとレポートだけする事にしますね。

この旅中も、10日前に大阪空港で別れたばかりのRareshとの事後のやり取りと、年明け2月に行おうと進めていたRhadooと日本とのやり取りをしながらになり、全部ゆっくりというわけにはいかなかった。

失くしてしまった耳栓。京成電鉄の忘れ物総合、成田税関から外の、そして出国前、さらにDeltaのLounge、機乗したAeroflotと全て電話して問い合わせたけど結局見つからず。なくなってしまった。。


家のすぐ近くに日本食がちょうどあったので、何回も食べに行っていた。やっぱり和食が食べられるのはありがたい。
Life Berlin


これはある夜食べたコースメニューだったり。


家の1本裏はこの運河なので、よく散歩してた。やっぱり川沿いはいい感じだ。



しかしこれで午後3時なのは、日本人の自分とかからするとやっぱり結構キテる。


友達の家に行ったり。


家の近くは結構遅くまで店が開いているエリアだった。夜、ご飯を探そうと少し歩いてたらある店からちょうど人が出て来て聞いてみたら、インド料理ですごく美味しいよ、って。カレー。美味しかった。水がfreeなようで、取ってた男性が俺にどうぞ、って差し出してくれた。Berlin、一昨日のバスのおばちゃんといい、ホントに親切な人多い。





土曜はいよいよパーティー。来週DJは入ったけど、元々これだけのために今回ヨーロッパに来てるのだから、すごく楽しいといいなと期待大だった。写真NGなので、当然の事ながらここからもうパーティー関連の写真は一切ありませんので。


1時半にWatergate着。入口にちょうど知り合い溜まってた。入場の列、もう橋の先まで並んでる。凄まじい感じ。みんな居たので一緒に入れて助かった。
上はAta, 下ではZIPがやってた。当然ながらずっと下に居た。もう人もどんどん入ってきてて、最初から素晴らしかった。ヨーロッパ各地の友達、ものすごくたくさん来てた。みんなこのパーティーのために遊びに来てるんだ。RomanはAtaの次だったのかな?Roamanも少し聞きたかったけど上のフロアーの事は最初からもう完全に忘れてしまってた。
ZIPに続いて、朝6時からはRareshが。凄く盛り上がってていい時間だった。暑くて息苦しくもなってたのでちょこちょこ外の空気吸いに行ってた。

同じ6時からは上のフロアーでSonjaが。今日の彼女のプレイはいつもの大箱でのプレイの感じでなくて、ずっとdeepにちょうどいい音をかけ続けていた。正直いつもの派手なスタイルは自分の好みとは違うけれど、この日のスタイルはすごく好きだった。ちょうどいいムーディーな感じだった。
下では気付くとRicardoに代わってた。思ったよりも結構早く始めたんだな。素晴らしい時間が流れていった。本当にみんな最高な気分だった。
が、昼12時くらいに気付くとなんでかAtaに代わった。そしたらいきなり別世界に。みんながRicardoのあの曲調で全員が楽しんで最高な時に、あの曲調の変化は有り得なかった。友達もみんな同じ事を言っていた。それまでRicardoが作ってきたバイブスは途絶えた。そこからしばらくRicardoと彼とのb2bになってしまった。後で話しても、正直あそこに居たほぼ全員が同じ事を思っていた。
しばらく馴染もうと努力したが自分にはムリで、もう上のフロアーにずっと居た。Sonjaが素晴らしかったからよかった。仲間もいっぱい上に上がって来て、楽しかった。
みんなにこのBerlinの後、モスクワに行ってRodnyaという場所でDJするんだよ、と言うと、聞いた全ての人がそれはバッチリだ、超いい場所だよ、と言ってた。Maayanとかも自分の一番好きなクラブの一つだって。

上のステージは午後~夕方に少し先に閉め、下ではZipとRicardoのb2bが始まっていた。これが最後の最後まで、本当に素晴らしい時間となった。特に終わりの方の時間、あれは本当に素晴らしかった。

夜8時に終了。素晴らしいパーティーで、わざわざ来た甲斐があってよかった。

もう疲れで体もガチガチだったので、一回家に帰って、ストレッチして軽く食べて少し休んで復活。
予定より少し遅くなってしまったけど、このパーティーの終了と同時にスタートしているHoppetosseへ。ここでもホント楽しかったな。
Nicolas, Binhがやってたのに続き、Veraが開始。Veraのプレイはとにかくamazingの一言だった。何か本当に凄かった。宇宙に吸い込まれそうなとき何度もあった。
朝9時とかに終わり、そのまま裏で動けず。みんなで2時間ぐらい居た。
一部でアフターの話しもあったけど、さすがに土曜の夜からこの月曜昼まで全力で遊びきっていたのでもう終了した。
素晴らしい2日間だった。




やる事も済ませつつ、山ほど睡眠も取り、睡眠は足りた。マッサージにも行くけどやはり疲れている。


この夜は大切な友達がdinnerに行こうと、オーストラリア料理に連れて行ってくれた。食後は彼の家へ行き、二人で色んな話しをしながらずっとお互いのかける音楽を聴いていた。これもまた特別な時間だった。次は日本食&ラーメンの店を出したいと言ってたな。そしたら毎日行こう。
4時になり、お互いもう相当に疲れててさすがに終了。鉄人の彼にしては珍しく俺以上に最初からすごく疲れていたのに、でももうあさってBerlinを出てしまう俺に付き合ってくれて頑張ってくれたのが分かるから心に沁みた。

外すごく寒かった。風邪ホント危ない。本当に体調気を付けないと。


あさってはさらに段違いに寒いロシアに移動だ。日本出る前からずっと温度見てきてるけど、このマイナス8℃とか9℃とかって何なんだかよく分からない。今まで経験した事のない気温だった。今このBerlinですごく寒いと思ってるけど、それとはケタが違うんだろう。そのための服の準備は考え得る限りしてきたけど、一体大丈夫なのかな。




翌日はしっかりモスクワでのプレイの準備をして備える。昨日よりも確実に調子は戻ってるがまだまだ弱ってる。



金曜朝、しっかり起きれ、体調も悪くない。オッケーだ。
Moscowへ。


順調だったが最後モスクワ空港で雪で30分降りれず。


空港からは1時間ぐらい。寒かったけど、行った時はちょうどちょっと寒さが緩んでくれたタイミングで、夕方着いた時も雪は結構降ってたけど、気温は0℃。そこまででもなかったからよかった。

ホテルはすごくよかった。さすがロシア。でもこれで100ユーロしないんだね。


街はこんなだけど。小雪降ってるけど誰も傘さしてないんだな。みんなこんな程度は降ってるとは思っていないんだろうな。



自分のDJは翌日。着いたこの日は食後3時間ぐらいしっかり寝てから、夜中4時半ぐらいに出て会場のRodnyaへ。この区域一体は、ショップやデザイン関連の店が固まっている複合エリアで、友達も、モスクワの中でも3本指に好きなエリアだと言っていた。
Rodnyaの入っているビルも普段はartのエキシビションやってる建物で、ものすごくよかった。


中もすごくいい。今日は別でも大きなパーティーやってるみたいで人少し少ないんだって。でも明日は大丈夫だって。



バックルームはまるで屋根裏のようになっていて、ここでもDJが入って回していた。



メインルームにはこんなサッカーゲームも。


ちょうどGescu始まった。去年かに日本も一度来たが、彼のDJやっぱりすごくいい。音量も本当に適切だった。


女の子もみんなきれいで素敵なコばかりだった。ホントいい感じ。俺の事知ってて楽しみにしてくれてる人いっぱいいてくれた。明日は頑張ろう。

朝8時半頃帰る。





翌日は結局夜9時くらいまで寝てた。Deniseがホテルに来ててNimaとdinnerしようって誘ってくれてる。よく知った二人だから気楽だった。DeniseがBodyPartsのLayoのレコード持って来てくれた。

Nimaは夜中3時かららしい。と言うことは俺は朝6時くらいか。dinner後一回寝て、4時半会場へ。大雪だった前日から、今日は晴れ。足取りも軽く。


中入ると、フロアーも混んでた。バッチリ。ドイツからこのパーティー遊びに来ている仲間も数人居た。が、ここで前日は大雪だったから履いてたブーツが、この日は晴れで必要ない上に3時間のDJにはどう考えても既に動きにくく足がつり疲れそうになってた。思い切って一度ホテルへ戻り、シューズに履き替えて来る。これは大正解だった。



Time Table全体で1時間押してたので7時からスタートだった。だけどここで大きな失敗を。6時くらいにソファで休んでいて、多分そこにそのままウエストポーチまた置き忘れた。数年前のSunwavesに続いてまた失くしたのか。。Nimaがせっかく6時半ぐらいに、もう人の残っているうちに代わろう、と言ってくれたのに、ちょっと待って、という羽目になった。情けない。探したけどなく、結局ないままないままスタートする事に。最悪だった。
DJ始めたらみんなフロアー来た。回すの待っててくれたんだ。去年5月に同じこのモスクワのGazgolderで行われた『MEDUZA gets HIGH five』で回した時のプレイは自分でも本当に会心の出来でたくさんの人がその場でそのプレイを聞いていてくれたから、そのいい評判も残ってたんだろう。
MEDUZA Gets HIGH Five Gazgolder, Moscow 14 May 2016


それまでNimaが結構ダンサブルにテックハウスにもやってて、すごくよかったが結構上げだった。けれどあえて自分はdeepに入っていった。それでもいけると踏んでの事だった。
deepな得意な1曲から入った。それでキープ。お客さん全然ああいうの好きだった。3曲ぐらい続けた。全然付いて来てた。でも今日は最初どうも普通の感じになり切れず、自分の中ではまあまあぐらいだなあと思ってやってた。Mixはそんな悪くなかったけど。
そしたらなんと1時間した時、友達がポーチ見つけたの持って来てくれた。これはあがった!! そこからいきなり元気のある曲かけ出した。露骨に。でもそれがよかった。Mixも乗って来た。真ん中からもう勝負に入った。そこからの古い曲、新規の曲、どちらもムチャクチャ受けた。あそこまでよかったかというぐらいの好反応だった。ポーチが見つかってからは、超ダンサブルな踊らせるDJだった。すごくいい時間だったな、あれ。後半最後の40分ぐらいは選曲が少し緩んで集中力弱くなって曲のMixもそれまでほど強力ではなくなったが、でもずっとよかった。

10時に次のArtemyと交代。いいプレイができたのでは。次のArtemyは去年のそのGazgolderでのパーティーで、空港の送り迎えから俺のアテンドをやってくれた人だ。モスクワでも支持されていて、お客さんもそのまま帰らずにずっと残っていていい感じが続いた。
それからはDJ終わったから気楽に遊んだ。フロアー行くとお客さんもいっぱい声かけてくれたな。かわいいコいっぱいで、ここでは向こうから声かけられるように近くに寄ってくるんだな、みんな。すごく楽しい。


VIPでもDJが始まっていてすごくいい感じだった。すぐここでも回しなよ、ってみんなに言われたけど、でも昼12時に店が終わるので最後はずっとフロアーに居たいなと思ったからDJはできなかった。




12時に終わり、みんなまだいっぱいで帰りたがらない感じだったな。VIPでそのままアフターを、と思ったけど、俺呼んでくれてた友達相当疲れてて(彼は金曜の夜から今までほぼパーティーに居っ放し。今は日曜の昼)、Nimaも帰るので一緒に出て、その友達の家でのアフターへ。俺もとにかく疲れてたので、少し居て帰る。




よく寝た。15時間ぐらい寝て、昼前に起床。買っておいたカップラーメン食べてみる。これは各地でしないと。まあまあだ。


帰国は明日。その前日に、1日滞在を延ばしてフリー日を作って置いた。今日は観光と音楽鑑賞へ。
外、予報の雨はまだ小雪で大丈夫だった。でも外は道もグチャグチャ。本当に今回長いブーツ持って来ておいてよかった。


除雪車が走ってるんだな。雪国育ちでない人間にはこういうのも珍しい。


電車初めて乗ってみる。


ものすごく地下まで潜るんだ。でも日本も地下5階とかの電車あるか。


難しいや、やっぱり。字が。英語がないから。夕方4時前だったがけど超満員だったな。


外出たら小雨で傘さす。持ってて正解。みんなほぼさしてないけどあれは無理だ。

2013年に最初に呼んでもらった時に来てるけど、赤の広場、聖ワシリイ大聖堂、クレムリン。広場は遊園地になってた。





ワシリイ、やっぱすごくいいなあ。ものすごく好きだ。中入りたかったが時間過ぎててもうダメだった。手袋してなくて手が異常に寒かった。


続いてこれへ。ホテルで聞いたらここが一番いいと言われた。


着くの早過ぎて、6時まで入れず。前のSwiss Hotelの2Fレストランでビーフストロガノフ食べて待った。


やっと会場入り、でも最初電話で予約してるって言ってもスタッフ誰も分からず。ああいうの、あんな一流の事やってるとこなのに何なんだろうか、とヨーロッパでいつも思う。やっぱ日本だなあ、と思う、しみじみ。

雰囲気いい。ロシアでこういうのは2回目だ。4年前はチャイコフスキーコンサートホールだった。


今日の出し物はオルガンのソロ。俺残念ながら無学で分からなかったんだけど、有名な人みたいだ。いい席取った。写真撮っていいみたいだ。
Winfried Bönig, organ (German)
https://www.mmdm.ru/en/events/winfried-bonig-organ-german



演奏、素晴らしかった。すごく。足であんなに弾くんだ。行ってよかった、本当に。


途中休憩挟み、9時に終わる。アンコールは短めで。ものすごくいい時間だった。


その後は友達とご飯食べたりいい時間を過ごして最後の夜は更けた。そう、モスクワは今日は今ー2℃とかだけど、これは全然暖かいんだって。冬ではまだないって。


夜中帰ってまた体調重くなって来た。やっぱ少し風邪なんだろうな。あと、やっぱり寒いのが俺ダメなんだろうな。今回、そして予定やっぱり忙し過ぎたよ。Praslesh終わってまだ残務処理終わってないのにすぐ来たし。次のRhadooの事も終えてない。ちょっとゆっくりしたいな。でももう年末だけど。これで1月ベトナムとか行ったら、もうすぐ翌月には誕生日でのRhadooのパーティーだし、そうしたらもうすぐ春のシーズン開始。これちょっと詰め過ぎだ。ちょっとちゃんと整理しよう。




昼11時起きるが、5時間睡眠が全く足りない。これホント、今年の夏始めからの疲れがずっと取れずに溜まったままになってしまっているのを感じる。まずこれ取らないと。
ベトナム行くかどうかをもう一度よく考えてみたが、まず今回入りそうだったブッキングは入らなかった。となると1週間ぐらい遊びに行くかだけど、今これだけ予定キツキツなのが、1月明けてすぐにまたそれってのは、明らかに遊び過ぎ詰め込み過ぎだ。止めよう。

最後にホテルで呼んでくれた友達とランチ。最後ぐらいはこちらで払おうと絶対譲らないふうに言ったが彼はもっと譲らなかった。モスクワ、本当にケアーが全てされていて本当にすごいと感心した。細かい事だけど、途中で何度も乗ったUberのような個人タクシーも、ギグ以外の日でも支払いをさせてくれる事は一切なかった。
先週のパーティーの事聞いた。パーティー的には人はいつもより少し少なかったけど、感じとかは全然大丈夫だったって。モスクワのクラブマネーはすごいんだね、という話しした。肯定してた。Armaの内情の話しも聞かせてもらった。考えていた以上にすごいグループなんだなと思った。

いよいよ空港へ。行く途中の道で4年前にDJしたShakti Lounge通った。懐かしい。そして少し行ったとこで彼は降りた。彼は車の中でもいっぱいメールしてて、次の仕事を並行して全然やってた。こっちのみんなはやっぱ本当にすごい。俺なんかいっこやったらそれでしばらくもういっぱいになっちゃってるのにな。あれが世界のレベルだよ、ホント。仕事ぶりも遊びの体力も。いつも本当に学ぶ。最後のお別れ。本当にありがとう、いい友達だ。


そっから渋滞が酷かったな。ぐるっと回ったから、結局2時間弱かかったな。特に雪だから道で車が事故とか色々で止まっちゃってるのがいっぱいあったから。
とにかく疲れた。何で今回こんなに?と思うほど。これってやっぱ夏からのそして直前の日本からの疲れの持ち越し溜まり過ぎと、この気候のせいもあるなあ。冬のこんなヨーロッパ来たの、2002の2月のパリ以来だもんな。やっぱ寒さダメだ、俺。

無事チェックイン。Lounge入って一安心した。さあ、暖かい家へ帰ろう。
機内、空いてて、4席空いてるとこに座ってた。食事以外は横になってほぼずっと寝てた。



無事到着。日本やはりそんなに寒くない。安心した。
地元の隣の駅で降りてタクシー待つ。そこで、ちょっといい事があったので、せっかくなのでここでもFacebookに書いたのを紹介しますね。
 



2017.12.07 Facebookより
昨日日本に帰って来たんだけど、帰宅途中に少しいい事がありました。
最近はよっぽど疲れ切っていない時以外はなるべく途中のJRの駅とかでタクシーをまだ拾わずに地元までちゃんと電車に乗って帰って来て、自分の駅まで来ちゃうと逆に駅前はタクシーが来ないから一つ前の車がいっぱい走ってる駅で降りてそこから3メーター分ぐらいのタクシーに乗って帰って来る。
昨日もそうして、駅前のささやかな交差点でタクシー来るの待ってたけど、これまで経験した事ないぐらい全然来ない。本当に来ないのでスーツケースにもうしまい込んでたダウンジャケット路上で出して着込んで更に待つ始末。
15分ほどそうしているうちに、ふと自分が車待ってるその目線のちょっと先に補助カートと共にヨボヨボ立つお婆ちゃんの姿が現れた。そして横には明らかに、あれは他人だろうなと一見して分かる20代後半か孫ぐらいの歳の一人の若者が。近寄って行くと、彼はタクシーが拾えないおばあちゃんを一生懸命助けていた。「ああ、おばあちゃんもタクシー探してるんですね。今日は本当に来ないですね。」と、ここから一緒に3人でタクシー待ち出す。足のよくないそしてあまり元気そうでないおばあちゃんにタクシー先に乗ってもらわない限り自分としては永久にタクシー乗れるわけもないしまた立ち去れるわけもないので、しかもおばあちゃん病院帰りなのかあまり厚着でなく寒そうなのでそのT字路の交叉点をそのベリーナイスな若者と全方向に目を光らせ待つも一向に来ず。そしてもっと早くそうすべきだったと後から思ったが、結局路上で無線タクシー呼ぼうと言う事になり、電話何度もかけてやっと繋がりあと5~10分で来ますよ、となった。そしてもしその呼んだのが来る前に普通にタクシー来たら、それ捕まえて一刻も早くおばあちゃん乗せてしまおう、それで俺が迎車で来るの待ってそれに乗ればいいんだからと話してた。が唯一問題は、彼も無線にかけ、なかなか繋がらないので俺もかけ、結局2人居るから2台を既に呼んでしまっていた事だった。
と、タイミングとはそういうもので、呼んだ直後にあれだけ来なかった通りがかりの空車登場。速攻止めて、無事におばあちゃんにはそれすぐ乗って帰ってもらった。
が、すぐ直後に呼んだのが2台来てしまった。彼のの方が先に来たけど、電話した彼の名前分からないので俺それに乗せてもらえず、結局そのすぐ後に着いた自分が電話したのに乗るしかなかった。その彼、少し先に止まってたその自分が電話して呼んだ方のに走ってって事情話して、すみませんすみませんと言いながら数百円とはいえその迎車代金だけ自分で払って、笑顔でもう大丈夫です、とこっちに言いに来てくれた。素晴らしく気持のいい表情の彼だった。
海外でも、こういう人の行動の親切でいい場面って自分は逆にすごく多く遭遇してると思う。日本でももちろん全然なくないし、あの時周りに居て通り過ぎて行った人達だって、きっともうナイスな若者と加えて一見やや若者ぽいけど実はまあまあ大の大人の男性との2人が付いてるからもう充分だろうと思って立ち止まらなかったのだろうと解釈している。でも、その前の山手線で、お年寄りが乗って来て立ってるのに目の前で座ってるOLは見ようともせずに携帯いじってるだけ、というの目にした後だったから余計その彼が素敵に映ってすごくいい気持にさせてもらった。
ああいう行動を実際にちゃんと実践するような人が、今よりももっといっぱいの街になったらいいなあと思う。帰国早々、すごくポジティブできれいな気持にさせてくれてありがとう、あの彼。その場で完全に時間のない人でないのであればあの行動はむしろやれればやってしかるべきなような普通の事と思うけど、あれだけ人が居た中で唯一彼だけがその行動を取っているのを発見して、そこだけすごく別な空間のように感じた。小さな勇気をちゃんと行動できる人だったな。いい日本のリスタートをありがとう。ああいう人にはいつかまたどこかで会えるといいな。
 


今回のヨーロッパ、色々考えた。身の振り方や仕事の事も。日本と向こうとのシーンの経済の違いをすごく考えた。少し変えていこうと思う、今回を契機に。今年を契機に、一つ階段を上がらないと。

これでこの2017年の旅は全て終わりです。今年は今まで以上にたくさんの出来事を経験しました。新しい事もたくさん経験しました。今後の自分に生かせるように、更に頑張っていかないとと思っています。

では皆さん、引き続き2018の旅で会いましょう!

 

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