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Herbert

 大企業の商品を壊した音や、政治的な場所で音を録音し、資本主義や環境問題などに対して批判的な音楽を作り続けてきたMatthew Herbert。その作風、コンセプトからエレクトリック・ミュージック界の鬼才などとも表現されている。いわゆる一風変わった作品を作り続けてきた彼が、ボーカルトラックで構成されたアルバムとしては、『Scale』(2006年)以来、実に9年ぶりとなる『The Shakes』を2015年5月27日にリリースした。『Scale』はもちろんだが、彼の名前を一躍有名にした『Bodily Functions』(2001)とも同列で扱われ“原点回帰”的な作品として例えられているが、実際はどうなのだろうか? 8月14日に恵比寿LIQUIDROOMで行われたHerbertの単独公演の前に本人に話を聞くことができた。

Interview : yanma (clubberia)

 

 

「人間が建てた資本主義という名の悪の化身、今の問題すべてを生み出しているものを僕は壊したいんだ」


――序盤の重々しいトラックから曲が進んでいくにつれて、徐々に軽くなっていくような構成でした。男性ボーカルと女性ボーカルの曲が交互だったためか、苦悩を抱える男性が一人の女性の存在で救われていく、そんなストーリーを想像した作品でした。ご自身の中ではどういった作品にしようと思われたんですか?

そこまでそういうストーリーを思いついてくれたのは、すごく嬉しいね。そのストーリーの方がたぶん一般的だと思うんだけど、僕としては、生きることの難しさとか辛さという苦悩を表した作品なんだ。僕は、今のこの世の中が非常に間違った方向に行ってると強く感じているんだよ。社会、世界が崩壊しそうななかで子どもを育てていかなければならないのは、子をもつ親としてはとても悩ましいんだ。男女交互の曲順にしたのは、今の時代で権力を持っているのは、たいがいが男性であったり、この世の中の多くの問題を引き起こしているのも男性だと感じているから。いわゆる、社会における男性と女性の違い、立ち位置、差別、そういった部分を表現したかったんだよ。


――間違った世の中、世界が崩壊する方向っていうのは?

地球の資源問題に加え、それを使う人口の増加。さまざまな問題はありながら、政治に対して興味を持つ人も少なくなってきているように感じるよ。でも一番の問題は、世界を牛耳っているのが経済や大企業だったりすることなんじゃないかな?


――今作にも経済や企業、政治に対するメッセージを音として曲に加えたのでしょうか?

「STRONG」は、デモの叫び声や笛の音をサンプリングして入れてるんだ。ほかにもいろいろ聴こえてくると思うよ。これまでの作品は、一つ一つの音に本当にこだわって作ってきた。この音は、こういうところから引っ張ってきてっていう話を、たぶん1曲につき3時間ぐらいできるほど緻密に作っていたからね。今回の作品はむしろ、自然発生的にできた作品だし、歌詞で気持ちを伝えてる部分もあるんだよ。


 


――歌詞があるということもひとつの理由だと思いますが、今作は『Bodily Functions』と『Scale』に例えられることが多い作品でした。でも私は、Matthew Herbert名義でリリースした『One One』(2010)の時の方に近い感じがしました。Herbert名義とMatthew Herbert名義、その明確な違いはありますか?

『One One』と音楽の構築の仕方は近かったと思うし、確かに言ってることはすごくわかるんだけど、Herbertとしての作品はハウスミュージックなんだ。キックの音が常に入っているけど、『One One』にはその音がないから少し違いはあるかな。Herbertで作る音楽は、ポップミュージックとソングライティング、ハウスミュージックを組み合わせた音楽なんだよ。Matthew Herbert名義のものは一風変わった作品と言えるかもしれない。でも、思いつきでいろいろ作ってるだけなんだけどね(笑)。


――思いつきとは意外でした。

人生すべて、音楽も思いつきでやってるよ(笑)。もちろん悩みながら、こだわって作ってはいるけどね。「こういう感じかな? ああいう感じかな?」って試しながらさ。音楽を作るのって僕にとっては、「こういう作品を作ろう」という明確な目的があったうえで作るというよりも、その作る過程なんだよね。作るものすべてが段階を経て行われるものであって、自問自答を繰り返しながらそれを音にしていく。それで、答えが見つかるものもあれば、見つからないものもある。作ってる時にはわからなかったけど、でき上がってみて改めて「あ、これってこういうことだったんだ」とわかるものもあるんだよ。こういう取材をするのは、少しでもレコードを売るためのレコード会社に対する手助けというよりも、こうやって言葉にして語ることで、改めて自分が作った音楽を自分でも理解できるからなんだ。それこそ、10年ぐらい経ってみて初めてわかることもあるしね。

 

 


――例え話だったかもしれませんが、10年後に気付いた実例はありますか?

Matthew Herbert Big Bandで出した『There’s Me And There’s You』がそうだった。音楽的にはバンドでライブをする時の興奮や、元気のあるライブ感を捉えたかったのと同時に、扱っているテーマが「権力」だった。カトリック教会、大企業、銀行、セックス、お金、買い物といったものを批判する。そういったもののメッセージを伝えるのに、400人を連れてきて、いろんな音を出してもらって収録したんだ。大合唱させたり、みんなに大英博物館の床でコンドームを引きずってもらって、その音を録ったりとか。クレジットカードを大量に発行させて、それを切る音を録ったりもしたよ。いっぱいやりたいことがありすぎたから、「これはどういった作品ですか?」と言われた時に語りつくせないんだ。僕が発信したかったメッセージのインパクトが、それほどなかったように思えたしね。いっぽうで『One Pig』という作品は一匹の豚が生まれて、食肉として人に食べられるまでの音をサンプリングして作った。豚は、5歳の子どもでも老人でもわかるでしょ? だから、この作品では、何を伝えたいかっていうのがわかりやすかった。今になって振り返ると、そのMatthew Herbert Big Bandでの作品は、難しくやりすぎたのかなって思うよ。


――Matthew Herbert名義でリリースされた『Plat du Jour』もウェブサイトにものすごい量の解説がありましたが、この作品もMatthew Herbert Big Bandと同じようなことは思いましたか?

あの作品に関しては、もともと学術的な研究みたいな感じにしたかったんだ。音楽自体すごく細部まで気を遣って構築していくわけなんだけど、その音楽をよりわかってもらうためのジェスチャーみたいなものかな。


――あなたは、ビッグバンドを率いてジャズを奏でたり、エレクトロニックミュージックを作ったりと、作品の幅がすごい広いですが、なぜ、そんなに幅広く作曲ができるのでしょうか?

城の外にいるみたいなものなんだ。その城は、人間が建てた資本主義という名の悪の化身で、今の問題をすべて生み出しているもの。僕はその外にいて、そこに入ってやっつけたい、壊したいんだ。それで、その城の中に入るためにいろいろな方法を考えている。だから、表玄関から「ドンドンドンッ」と扉を叩いて中に入ろうとすることもあれば、夜に梯子で塀を乗り越えようとすることもある。いろいろなやり方を試みて、とにかくその城のなかに入ってその城を倒したい。だから、私にとってギターで作る音楽であったり、ビッグバンドだろうが、豚についての音楽だろうがそんなに差はないんだよ。何がしたいかというと、やはりこの大きな問題と戦ってなんとかして止めたい。そして崩壊させたいという気持ちがあるんだ。

 

 


- Release Information -

タイトル:The Shakes
アーティスト:Herbert
レーベル:Accidental/Hostess
発売日:2015年5月27日
価格:2,400円(税別)

[トラックリスト]
01. Battle
02. Middle
03. Strong
04. Smart
05. Stop
06. Ones
07. Bed
08. Know
09. Safety
10. Silence
11. Warm
12. Peak 

■特設サイト
http://hostess.co.jp/matthewherbert/