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RYO the SKYWALKER

1991年にレゲエと出会い、1994年にはじめてジャマイカを訪れる。帰国後、大阪でダンスホールDJとして、今やメジャーや現場で人気を博しているPUSHIMやNG HEADらと共に活動し始める。その後活動を大阪から全国に広げ、その独特の歌声とリズム感、そしてセンスを発揮しだし、彼の生み出すリリックのテーマは広範囲に渡り、フロウはオリジナリテイ―にあふれ、多くのファンに絶大な支持を誇っている。当時はリリースこそ少ないが、全国で毎週のように行われるダンス(レゲエイベント)が活動の主体で、その模様を収めた音源や、各サウンドシステムが所有するダブプレートは各地で根強い人気を集め、今なお現場でプレイされ続けている。初リリース「現場至上主義」( V.A‘BAD BAD WEST’)発表後、さらにその世界観を確立するために97年より再びジャマイカに渡り、11ヶ月の長期滞在中、本場のステージやレコーディングを体験。99 年4月にレーベル""カジノ891""に活動の拠点を移す。12インチシングル「CASINO」につづいて、sugar soulの1stアルバムに「Ho-oh~女神のうた~」で参加し、多方面より注目される。そして、朝本浩史率いるram jam worldとのコラボレーション「Junglist Jamboree」を経て、2000年7月ついに、真夏のダンスホールアンセム「SUNNY DAY WALK」を引っさげ、WARNER MUSIC JAPANよりメジャーデビュー。2000年11月には同曲を含むミニアルバム「HOW TO WALK IN THE SKY」を発売。
「SUNNY DAY WALK」から約1年、プロデュースにDJ HASEBEを迎え「ワイルド ワイルド 進化論」を発売。好調なすべりだしで、オリコン60位に。2001 年8月、レゲエDJとして唄ってきた7年間の集大成となる1stフルアルバム「RYO the SKYWALKER」をリリ-ス。プロデュースは、MUMMY-D、朝本浩文、ジャマイカ勢では、JAZZWAD、FIRE HOUSE BAND、SLY&LENKY。現在、日本のダンスホールレゲエDJとしては異例の30,000枚のセールスを更新している。2001年冬、アルバムに収録されていた「ふたりワンマン」をホームグロウンというレゲエのバンドに再演奏してもらい「ふたりワンマンII」としてリリース。
寒い冬でも暖かさを感じさせる1曲となった。2002 年も勢いは止まらず、5月にCORN HEADをフィーチャリンク゛に迎え「GUERRILLA MONSTER」をリリース、そして7月にはフィーチャリングにPUSHIMを迎え「FROM DISTANCE」をリリースする。この2曲は現場で絶大な支持をうけている。そして8月に2ND FULL ALBUM「STILL ON JOURNEY」をリリースする。タイトルからもわかるようにまだ旅の途中といった内容で曲順にもこだわった一枚となった。「STILL ON JOURNEY」の中に収録されていた、FREEの別バージョンを11月にリカットとしてリリースする。カップリング曲はSPINNA B-ILLを迎えミディアムテンポの温かいダンスホール曲となり現場をわかせた。そして2003年。7月9日に彼自信のレーベルBUSH HUNTER MUSICのテーマとなるべき曲をシングルとしてリリースする。タイトルは勿論「BUSH HUNTER」。ますます加速度を増している日本のレゲエシーンにおいて、本場ジャマイカに学びながら独自のダンスホールレゲエを追及する彼の動きは今年も要注目。ますます加速度を増している日本のレゲエシーンにおいて、本場ジャマイカに学びながら独自のダンスホールレゲエを追及する彼の動きに要注目。