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爆クラ!presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモ二交響楽団 × バッティストーニ クラシック体感系Ⅱ - 宇宙と時間編

 2017年2月、ひとりのテクノアーティストが話題をさらった。あるときは週刊誌『AERA』の表紙を飾りコンビニに彼の姿が並び、あるときは日本テレビの朝の情報番組『スッキリ!!』に出演し自身のプロジェクトについてインタビューに答える姿が放送された。まさかこんな時代が来るなんて…。彼の名前はジェフ・ミルズ。デトロイトテクノの先駆者が再びオーケストラとタッグを組み、わたしたちの前に姿を表すこととなる。

Text : yanma
Photo:正木万博
※本ページに掲載されている写真はすべて
大阪公演会場:フェスティバル ホールのもの 
 2月25日、東京・渋谷にあるBunkamuraオーチャードホールで開催された「爆クラ!presents ジェフ・ミルズ × 東京フィルハーモ二交響楽団 × バッティストーニ クラシック体感系Ⅱ - 宇宙と時間編」。昨年同様、前売りチケットは完売。総客席数2,150席を誇る会場が人で埋まっている。著述家、タレントとして活躍する湯山玲子氏がプロデューサーを務める本コンサートは、同氏がセレクトするクラシックが楽しめる1部と、ジェフが出演し東京フィルハーモニー交響楽団とコラボレーションする2部に分かれている。本コンサートは昨年も同会場で行われ、ジェフの名曲「The Bells」や「Amazon」、「Where Light Ends」がオーケストラバージョンで演奏され、クラシックファン、テクノファンともに魅了した。今回はジェフが「宇宙」をテーマにオーケストラのために初めて書き下ろした新作『Planets』を東京フィルハーモニー交響楽団とともに初披露するといったものだ。

 1部の演目は、
「Short Ride in a Fast Machine」ジョン・アダムス
「月の光」ドビュッシー
「ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)」リゲティ
「BUGAKU(舞楽)より第二部」黛 敏郎(ますずみ としろう)
「The Bells」ジェフ・ミルズ
 

 
 わたしは「月の光」と「The Bells」しか知らなかったが、それでも楽しめることが本コンサートのいいところ。曲の演奏前には湯山氏の解説が入り、その内容も面白い。例えば「Short Ride in a Fast Machine」ジョン・アダムスに関してはタイトルを「すごく早い乗り物、ちょい乗り」と直訳して笑いを誘うと、作曲者がスポーツカーの試乗会に行って怖い思いをしたことが曲の背景にあることを説明。そして演目に入れている理由として、この曲はクラシックではあまりないミニマルな手法が取り入れられていることを説明していた。

 また、黛 敏郎に関しては、クラシックの音楽家ではあるが、鐘の音をデータ解析してその音をオーケストラに置き換える作曲もしており、日本電子音楽の草分け的存在アーティストなのだと説明されたらクラブミュージックにどっぷり浸かった、わたしでも興味が湧く。そして現代音楽を紹介してくれるのも本コンサートの魅力。昨年はジョン・ケージの「4分33秒」だったが、今回はリゲティの「ポエム・サンフォニック(100台のメトロノームのための)」を演奏。演奏といっても使う楽器はメトロノームのみ。そう、100台も。各メトロノームにはそれぞれ異なったテンポが定められており、一斉に「カッチ、カッチ、カッチ、カッチ」とテンポを刻みだす。それが100台同時にとなると、トタン屋根に大きな雨粒が落ちる音の様でもあった。メトロノームはゼンマイ式なので、時間が経つにつれて徐々に止まっていき、残りの台数がわかるほどまでに音が減っていく。ひとつ止まり、またひとつ止まる。最後に残った1台のメトロノームの音が大きなホールに「カッチ、カッチ、カッチ、カッチ」と響く(私は席の最後尾だったが、それでもはっきり聞き取れる)。そして静寂が訪れる。同じ姿をしたメトロノームが一定のリズムを健気に刻み続け、そして止まる。とても愛らしく切ないミニマルミュージックを体験した。

 そして1部の最後はジェフが登場し彼のテクノアンセム「The Bells」が演奏されるわけだが、ここでタブラ奏者のユザーンが登場。湯山氏がタブラはインド音楽において神に捧げる音楽、宇宙に近い音楽と説明。ここでも“宇宙”という一貫したコンセプトが感じ取れる。演奏はユザーンのソロからスタート。徐々にジェフのビートが乗り、「The Bells」のシンボルである鐘の音が鳴り響くのだった。
 
 そしていよいよ第2部がスタート。ステージに向かって右側に組まれたブースには、CDJなどのDJ機材、ドラムマシンなどが並んでいる。演目の『PLANETS』は、太陽系の8つの惑星である、水星、金星、地球、火星、木星、土星、天王星、海王星と準惑星である冥王星をテーマにしたもの。その星がもつ物理特性(体積や質量など)、容量組成(二酸化炭素、窒素など)も、事細かに調べた上で作曲されている。それぞれの星の特徴に関して詳しくはCD『PLANETS』に付属しているパンフレットにも記載されているが、これを読むだけでも面白い。

「2017年宇宙の旅のスタートです。みなさんと一緒に宇宙へ出かけたいと思います」と湯山氏。大きな拍手が起こり、演奏が開始される。音楽の荒々しさ、エネルギーのある様はおそらく太陽だろう。それから各星を巡る宇宙旅行が始まった。もともとオーケストラ用に制作されていることもあり、ダンスミュージックを象徴する4ビートはほとんどなく、ジェフのドラムマシンのハットだったり、CDJでかける電子音が現れては消える。テクノミュージックをオーケストラで演奏するのではなく、テクノミュージシャンがDJ機材や電子楽器を使いオーケストラの一員となり“音楽”を奏でている。星から星へ移動する様子も音楽で表現され、ジェフが出すさまざまなエレクトロニック・ミュージック、それは懐かしさを感じる8bitのような音楽だったり、複雑で滑らかな近年の音楽だったり。そこにオーケストラの重厚な演奏が絡みながら、相反する音が一体になっていく様子が面白かった。
 
 調べてみると太陽から冥王星まで59億km離れており、時速60kmで移動した場合、約1億時間かかる。が、ジェフの音楽は9つの星を音楽で旅して約1時間。世界一速い宇宙船(音楽で)を完成させたのか…。といった冗談を考えてみるが、ジェフならもしかして…とも考える自分もいる。わたしも幼い頃から星空を眺めるのは大好きで、小学生の頃の夏休みには毎日見えた星をノートに記して自由研究としていた(雲の関係で見れないことはあっても、毎日同じ星座が見れるだけなのに…)。おそらくわたしが生きている間に各星を巡るなんてことはできないと思うが、2月25日、渋谷のコンサートホールでジェフの音楽ととも各星に思いを馳せながら宇宙旅行をできたのは事実だ。