INTERVIEWS
>

DJ EMMA

まず、過去の作品をひととおり聴いてみましたが、方法論などを含めて、それらとは似ていないものにしたいと。事前のミーティングの段階で、AIRのプロデューサーである村田大造さんが求めるものと、僕の世界観のすり合わせを行い、そこにズレがないようにしました。 ええ、随分前のことですけど、このシリーズが始まったばかりの頃です。ただ、僕はAIRでレギュラーパーティーをしていなくて、ゲストDJでもほとんどやっていなかったので、そうした部分で自分とAIRのカラーが合うのかなという不安もあり、少し待って下さいと延ばしていたんです。今までだとGOLDとかageHaとか、自分が中心にやってきた会場のミックスCDを発表して、それは自他ともに認めるものになっていたと思いますが、AIRの場合はそれと違って、少し戸惑いがありました。しかし、その後はAIRでもちょこちょこDJをやるようになって、お互いにそろそろ時期的にもいいんじゃないかとなり、今回お受けすることになりました。 「EMMA HOUSE」は1995年に始めて、今まで18作続いてますけど、これが僕の最初のミックスCDでした。UKで「Ministry Of Sound」が出た頃ですけど、日本にはこうしたものがなくて、とりあえずやってみましょうかと、avexと組んで始まりましたね。1枚目はそれほど売れなかったけど、2枚目が結構ヒットして、それから時代的にも日本のメジャーなレコード会社がハウスやテクノにもお金をかけ始めて、いろいろDJのミックスCDをやるようになったんじゃないかなと思います。今からすれば恵まれた時代でしたね。 何よりAIRというハコを想像できる、ということを1番に考えましたね。空間認識としては巨大なアリーナなどではなく、そこでかかるサウンドもそれほど大バコ向けのものではないというのが僕の中にあり、それを村田さんに伝えたところ、奥に入りこんでいくような作品にしてほしいというイメージが出てきました。一方、CDパッケージを手掛けるLASTRUMの方からは、エネルギッシュなもの、粗くても1発録りのような臨場感が伝わるものをというリクエストがあり、それらを合わせて、自分なりに新しいものを入れて作りました。 僕は長年DJをやってるということもあり、1発録り自体には慣れ切っちゃてるんですよ。ミックスを失敗しないコツが、体に染みついてる。ミュージシャンにたとえるなら、スタジオ録音でギタリストが演奏を失敗したら、もう1回弾き直せばいいよとなりますけど、ライブだとそれはできない。DJの現場も同じで、そこが魅力でもある。そうした現場の雰囲気をパッケージメディアとして発表するおもしろさを、僕も理解している。僕がDJを始めた頃、Tony HumphriesとかがニューヨークのFMでやってるライブミックスショーのダビングテープを知り合いからもらって、それが毎回楽しみだった。それを擦り切れるくらい聴いてましたけど、ああいう感覚は作り込んだDJセットでは出せないものです。でも、今はそうした感覚が薄れてきてる感じがしていて、だから逆にこういった1発録りする楽しみ方もありなんじゃないかと思う。その瞬間を1発録りする、そうしたスタイルが自分にとってもやりやすいところであるし、おもしろいんですね。作り込んだDJセットをやるのは性に合わないというか、何か嘘くさく感じるんですよ。本番じゃできないようなミックスを作ったところで、それって何になるんだろうかと。 ええ、そうですね。ただ、今はライブでも逆の現象が起きていて、2時間のDJセットで作り込んできたものをそのまま流すようなDJもいる。それってライブと言えるのかな、と僕は思う。現場もそういう段階に来ていて、それがいいのか、悪いのかわかりませんが、果たして文化的な方向なのかなと、僕は疑問を感じてます。もちろん、作り込んだ音楽の中にもいい作品はたくさんあるし、好きなものもあるけど、ことミックスに関して言うとちょっと納得がいかないんです。 まあ、それしかないと思ってます。 1曲目、2曲目までは決めていて、後は流れの中で候補曲からランダムにピックアップしていきました。あまり先の曲まできっちり決めていくと、自分の中ではシラけてしまう部分もあるので。そうして、予行演習的にひととおりのセットを組みますが、その時点ではミックスはしてません。それは最後の段階の醍醐味ですから。ただ、こうしたミックスCDの場合は約70分という尺の制限があるので、本番のミックスをする前、繋ぎをしない状態で大体の長さを計ってみました。それで、時間的にも問題なく、あと収録曲のライセンスが全てクリアになったところで、スタジオに入りました。で、いざミックスをする前に、お茶を飲んでリラックスして、それから1人になって精神統一して臨みました。馬鹿みたいですけど(笑)。1時間とか1時間半とか、1人で自分にプレッシャーをかけて、ミックスを失敗しないように暗示をかけるわけですね(笑)。でも、あまり集中し過ぎると、ミックスポイントが近くなると逆に変に緊張して失敗することもある。こうしたミックスCDの場合、普段お客さんの前でやってるようなラフさ加減を持ちながらやるのは、すごく難しいことなんですよ。それができないから、皆コンピューターでやった方が早いなんて思ったりするのかもしれないですけど。僕の場合は、そのアホな1時間をクリアして(笑)、「よし、やるぞ!」って入ると、結構できますね。 それはもう、選曲と同じくらいの比率で大変な部分だと思いますね。だから、精神集中とそこから切り替えて、やるぞっていうのが大切になる。 はい、1曲も切り貼りすることなく収められましたね。たとえば今までやったミックスCDの中だと、全体の尺から1分オーバーしてしまい、仕方なく編集して短くする必要が出たこともありました。でも、その1分っていうのが結構デカいんですよね(笑)。まだ2分とか3分とか長いと、ガッツリ切ってしまえばいいんですけど、中途半端に短いと、どこをどう切ればいいのかと・・・。でも、僕も長いことやってきてるから、この曲数だったらこの長さにはちょうどいいんじゃないかな、というのが体でわかっていて、だいたい14、15曲がこの手のミックスCDに収まるというのがイメージできてるんです。 ええ、ライセンスの問題などもあったので。 いえ、全体の2/3で、残り1/3はCDです。 普段は9割がアナログですね。データで持ってるような音源でも、アナログが出るのを待って買ったりとか。特にアルバムでいいダンスものが入ってるのがあったりすると、ぜひアナログで持っていたいですね。普通それはCDだったりするんでしょうけど、でも僕はアナログがいいと思うんですよ。 やっぱり、質感とかレコードを手に持った感じ、それがいいからですね。もちろん、音質の面で言えば、全然違うというか、もう別物なわけですし。そうしたもの全てでアナログが好きなんです。 ええ、先輩のDJがクラブにレコードケースを4箱も5箱も持ってきてるのを見て、そうした姿に憧れましたからね。だから、僕も必要がない時でも、たくさんのレコードケースをゴロゴロ持って行ったりとか(笑)。今の時代からすればイナたいことですけど、でもそうしたイナたいカッコよさは、僕的には普遍のものだと思ってる。重いからとかは、僕からすれば苦にならないし。 ミキサーはUREI 1620のオリジナルで、KORG MR-2000(DSDレコーダー)にダイレクトで接続してます。間に何も挟んでません。あと、ポイントとしては、ビットレートを落として録って、それからアップコンバートしてマスタリングしたんですけど、それはアナログとCDの音質の差が大きく感じたから、調整する為にやってるんです。イコライザーやエフェクターは全く使っていません。 はい、そうです。レギュラーでやってるハコは大丈夫ですけど、地方のハコに呼ばれて行く時も、だいたいこうした機材のオーダーはしています。昔に比べて今は、あらかじめ言っておかないと大変ですね。昔は日本中、どこのハコでもしっかりした機材を揃えていたんですよ。それは、どこでもDJは皆アナログをかけてたからです。でも、今はPCだったり、CD-Jだったりといろいろあるんで、アナログのみにお金や調整の時間をかけれないんでしょうね。それじゃあ、ダメだと思うんですけど。だから、こちらから言っても、そのとおりのものが揃わないこともあるし、UREIなんてまず持っていない。たくさんDJが入るイベントだと、それぞれ使う機材も違って、もうグチャグチャになってて大変ですよ。そういった点で、クラブの音響に関するレベルは昔に比べて下がってるなと思いますね。 自分としてはなるべく変えたくはないんですが、でも変わることもありますね。かわいい女の子とかいたら、何かカッコつけててもしょうがね~なとか、すぐ思っちゃう(笑)。お客さんに合せることはしないですけど、近づこうとは思うかな。自分の持っているもので、どれだけ開いた感じを作り出せるかが、おもしろかったり、ゾクゾクすることなので。自分のやりたくないことで、それを開かせたところで、たぶんおもしろくも何ともないんじゃないかな。マイクで煽ってもしょうがないし。そこはなるべく媚びないで、どこで戦うか。閉じた時間があって、それがだんだんと開く、または一気に開く。DJの時間の作り方ってその繰り返しで、大きい波があったり、小さい波があったりして、ジワジワ行く中でだんだんとピークが来たりと。そうやってコントロールするのがDJの醍醐味と言えるんじゃないかな。それで、開く時には自分も上がらないと。お客さんと一緒に上がらないと、ゾクゾクしないんですよね。 普段は6、7時間プレイすることが多いわけで、それからすれば非常に短いです。ただ、時間的なことより、別の面でいろいろ苦心しましたね。ミックスCDって、昔はヒット曲のオンパレードみたいなことで通用してたものもありましたけど、今はそんなやり方では難しくなってるじゃないですか。選曲の面で興味を持たせる内容というのもあるのかもしれないけど、僕としては単純に掴みとなる曲に委ねるやり方が難しいなと感じていて、それで何か新しいアイデアを出していく必要があると。今、自分の中では、アシッドハウスと歌モノをミックスするやり方がすごく来ていて、それを現在の僕の新たなスタイルとして打ち出しているところなんです。これだけDJが多いと、そういった新たなもの、誰もやってないようなものがないと、なかなか個性を出していけない。正直なところ今回のミックスCDでは、もう少しアシッドハウス的なものを増やしたかったけれど、ライセンスの都合でできなかったのが残念なところです。自分の新曲で、そうしたアシッドハウスと歌モノハウスをミックスした作品に取り組んでいるところですけどね。 もともと僕はアシッドハウスからハウスの世界に入って来たのですけど、リバイバルということでもないですね。僕はトレンドの変化とかあまり気にしない方ですけど、3年位前にエレクトロが終り始めてきた頃、ディープハウス系、ファンキーハウス系、テックハウス系といろいろある中で、アシッドハウスのテイストを持つものが結構多くリリースされるようになってるなと感じて、気になってたんです。それは大きなヒットや波にはなってないんですけど、逆に僕はそうしたヒットに便乗するつもりはないから、その前に自分がやっちゃえと。それと、アシッドハウスって、決して大きなハコでなくても映えるんですよ。トランスのシンセの音とかは、小さなハコだとキンキンして耐えられないですけど、アシッドハウスの音は大きいハコでも、小さなハコでも気持ちいいんですよね。1988、89年頃のロンドンで、僕はアシッドハウスを体験してますけど、小さなハコで皆で「アシ~ッド」って踊ってた感覚があって、リバイバルではないですけど、僕の原点的な部分と今が交錯してる感じですかね。それはアシッドハウスだけじゃなく、Inner Cityとかの初期のデトロイトテクノとか初期シカゴハウスとか。 いえ、そう考えたわけではなく、これはたまたまです。まあ、僕の普段のプレイに近いファンキーな曲というところで入れてます。 これは実際にミックスした瞬間、「ヤバい、これは繋げないな」と思いました(笑)。この曲は急激にテンションが上がっていくタイプのトラックで、この前の曲はファンキーだけれど、割とテンションをキープしながら下がっていくタイプ。2つの曲をミックスする場合で1番きれいなのは、テンションの上がる曲線がなるべく同じところで、だんだん前の曲を抜いていくやり方だけど、この場合はそうならなくて、だからちょっと強引にミックスポイントを作ってやりました。ミックスしながら、どうやって前の曲を抜くか迷っているという、まさにライブですね(笑)。 ええ、できれば日本人の曲を入れたいと考えていましたけど、この2つは曲自体がすごく気に入っていて、無理やりではなく、自然にこのミックスCDに入れることができたと思います。 たとえば今はテック系とかだと、周りとの違いを出すのがすごく難しくなってきていると思います。でも、僕にはそうした流行り廃りではなく、自分の中で何もないところから新しいものを作り出していく、そうしたアイデアの方が重要ですね。イギリスだったり、イビザだったりとかから輸入しなくても、おもしろいものは作り出せるわけで。だから、こうしたミックスCDにしても、自分の中の生々しいものを出して、それを聴いてくれるお客さんに伝えられれば、ということで作っています。プレイする曲の傾向という点では、ミックスCDを作る度に毎回違ったものになっています。テック系、プログレッシブ系とか入れていても、決してそうしたシーンそのものが好きということではないんですよ。たとえばファンキーハウスにしても好きなもの、嫌いなものがあるし、Daft Punkでも半分くらい好きじゃなかったりするし。だから、最近のシーンの傾向がこうだから、それを凝縮してみました、というミックスCDを作る意識はないですね。好きな曲を入れていますが、それが今のシーンの傾向を示しているわけではなく、ただ自分の中で新しいと思えるもの、新しいミックスのアイデア、それが詰まったものです。 僕がDJを始めた時に入ったハコがニューウェイブの日で、そこでハウスをかけてたんですよ。だから、ニューウェイブのお客さんを、どうハウスで踊らせるかって試行錯誤していて、ハウスの曲にスミスのアカペラを被せたりとかもしましたね。もともとブラックミュージックの括りでハウスがどうとか、白人のロックがどうとか、そうした風に聴いてきたわけではなくて、それが今の僕に繋がっていると思います。拘りがないわけじゃなく、一応好きなラインとかはあるんですけどね。ドロドロとしたものの中にも気持ちいいラインがあって、それは僕の中では一本筋が通っている。コードでいくとディミニッシュコードが好きで、そうした曲をかけることは多いですね。だから、ジャンルと言うより、好きな曲はコードで括った方が早いかもしれない。今回のミックスCDでも、最後の3曲はまさに僕の好きなコードが入ってるものだし。あと、曲調が堅いもの、柔らかいもの、それらを織り交ぜるのが僕の特徴かな。 年代的なものってすごく大きいと思います。僕の世代は初めてDJで生活できるようになった世代で、初めて自分たちで音を作り出すようになった世代でもあるんです。で、それらをビジネスとしてやり始めた世代でもあり、セルフプロデュースもきちんとやるようになった。そうした世代が台頭してきた中にあって、僕もうまく時代の波に乗ってこられたんじゃないかなと思います。それは、実力だけのものじゃなく、いろいろな運とか、タイミングとか、人との繋がりがあってのことで、だから長くDJをやってこれたのも、その積み重ねだと思いますね。GOLDの初期の頃、僕も含めたDJの中で音を作り始めるヤツがいて、それは何となく形が見えるかどうかっていう程度だった。でも、今はそれが完璧に形としてでき上がってますよね。ハウスに限らず、テクノにしても、レゲエにしても、ヒップホップにしても。それが文化的な方向に行ってる音楽もあれば、そうじゃないものもたくさんありますけど、僕がやり始めた頃は、まずやっているヤツが少ない、またはいなかった。その道を切り開く大変さはあったけど、でも今はそういったことをやるヤツはたくさん溢れてるから、逆に厳しさはあるんじゃないかなと思います。上の世代がやってたようなことをやれば、それは真似だと当然言われるだろうし・・・実際には真似じゃなかったとしても。この世界は、実力うんぬんともまた違う部分もあると思うし。 う~ん、どうなんでしょう。ただ、僕はあまり余計なことはしてこなかったと思います。仕事を選ぶなんて偉そうなことは言いませんが、DJだったらDJでいいかなと。たとえばCMや映画の仕事とか、雑誌に文章を書くとか、そうしたものは極力断わってきました。たとえそれに興味があっても、自分のポジショニングとしてDJ以外の余計なことはやらないようにしてきました。僕はDJがあまり表に出てはいけないと思っているんです。それは、風営法とかいろいろな部分も含めてのことですけど。現状の日本のシーンは、こうした法律もあって世界共通の言語から外れてしまってると思うんですよ。今後どういった方向に行くのかまだわかりませんが、風営法がきちんと整備されるまでは、DJがあまり表に出ない方がいいと思いますね。TVとか芸能方面だとか、そういったところでDJ、DJって騒がない方が。それって僕ら現場のDJとは関係のない世界だし、そういったところで目立つ人がいても、逆に首絞められるのは僕ら現場だったりするし。 先ほども言ったように、何もないところから、アイデア1つで何か新しいものを生み出せるところですね。それから、一緒に上がっていく、一緒に気持ちよくなる、それを感じれる瞬間がある、それは掛けがえのない喜びだと思います。音楽や選曲も大事ですけど、それ以上にそうした瞬間にDJブースに立っていられること、それが僕にとって大切なことなんじゃないかな。 若いDJでおもしろいことをやってるのがいると、それは「オオッ」って刺激されますよね。自分にはもうない若さのおもしろさとか、それは羨ましいと思うこともある。一方、David Moralesとか自分たちの先輩世代のDJでも、応援したくなるようなプレイをしている人もいるし。とことん好きなDJってのはあまりいないけど、嫌いなDJもはそれほどいないですね。たまたまMoralesの名前を出しましたが、影響ということでは、ありとあらゆるDJから何かしらの影響は受けてます。DJ Harveyとかもそうですね。セカンドサマーオブラブが終った頃、モイストとかに遊びに行って、DJ HarveyやPaul Trouble Andersonのプレイをよく聴きましたけど、彼らもオリジナリティのあるアイデアで新しいものを作り出していた。そこはすごく刺激を受け、影響されたところですね。でも、Moralesに象徴されるように、日本の初期のハウスシーンは、ニューヨークからの影響が強かった。それはそれで悪いとは思わないけど、僕はそれだけだと何かつまんないなと感じて、レコードでもUK盤、イタリア盤、オランダ盤とか、昔からいろいろかけていた。そうやって、自分なりの個性を出そうとしてきたわけですけど、人と違うことをやって、それが受け入れられた時の充実感は代えがたいものがある。そうした点で、今もDJをやるおもしろさは尽きないですね。 ええ、それともう1つ。昨年の震災があって、僕もいろいろ考えることが多かったけれど、そうした中で自分たちのやってる音楽にしろ、クラブにしろ、使い捨てのもの、消費するだけのものにしたくないなと、より一層思うようになりましたね。そうした意識を周りに広めることは、この時代に音楽をやっていく上で必須のことじゃないかなと思う。何も大きな運動を起こそうということじゃないけど、DJをやる時、音楽を作る時、それからこうしたインタビューを受ける時でも、常に意識していたいと思います。