
2009-09-09 UP
INTERVIEW & TEXT:Nobuhiro Kasai(Versoix/ROZALIA SCARTISSUE/scartissue) 協力:WASABEAT, Suzy

RADIQ名義で最初からやりたかったことは、僕の中にあるいろんな言語の問題、人種の問題を音楽として表現するってことでした。そういった環境の中で自分が生きているってこともひとつの影響だったと思います。例えば「ボーダー=国境」がいろんなものにある。人種にあって国にあって音楽にもあって、でも僕たちはあまりずっと意識せずに生きてきたと思ったんです。それは、日本人って「日本と外国」といった区切りを持っている。ここの国とここの国っていう区切りじゃなくて「日本と外国」っていう大きな区切り。その考え方を取り払いたかったのが「PEOPLE」の制作当初にありました。アフリカ人のラッパーを入れてフランスの白人がやっているテクノレーベルで全然違う音楽をリリースしてみたり、繋がらないものを繋げることで何か新しい人と人の関係や音と音の関係が出来ないかって。でも実際にそれをやってみたら、かなり表層的なことだったんですね。それは、一つの手段だったというか。自分の中にある文化から得たものや自分の中の国境を崩すということを、ここ3年ずっと考えていたんです。でもなかなか答えが出なかった。その間に12インチの制作をするなど、ジャンルの幅をフロアーよりにした中で何が出来るか?といった実験的なこともやっていました。そしてやっと自分の中で辿りついた結論が今のスタイルだったんです。そこでやっとアルバムをつくることになったんですよ。この音楽とこの音楽の中からってことではなくて、僕が生きてきた経験してきたことの中から自分のボーダーっていう、いろんなものを取り払っていろんなものをそこから摘出してきたっていうかそれを合わせて未来に向けたものをつくりたいなって思ったんです。
今年は、op.discにとって節目の年というか一度リスタートをかけた新しいスタートの年だったんです。とくに初期から関係してくれたアーティストや僕たちが応援したい、もしくは自分たちのレーベルにとって良いと思うアーティストに声を掛けてコンピレーションアルバム「Hub opus tokyo」が完成しました。「参加してくれた全てのアーティストが一同に集う、そんな夜があったら良いよね」って想いから参加アーティスト全員に出演してもらおうとレーベルショーケース「Hub」8/14(金)恵比寿LIQUIDROOMが企画されたんです。今、いろんなメディアが複雑になって情報の選択肢が凄く多いじゃないですか?だからリスナーが一つのものをチョイスするってことが複雑になって来ている。アーティストサイドから言うと自分の制作した音が良いカタチでリスナーへ届けることが凄く難しいんですよね。届ける方法はある、だけどちゃんと届いてない。結局は、今後自分たちが日本でこの音楽を絶やさず続けていくためには、自分たちが良ければ良いって考え方ではもの凄く短いタームでの話になってしまう。(田中)フミヤクンともよく話すんですけど田中フミヤ、半野喜弘、吉田タロウの3人でレーベルを立ち上げたけど、結局「田中フミヤ」ってことでもなくてドンドン、レーベルの顔になっていくアーティストの年齢が若くなっていって僕たちがいなくたって何の問題もなくなるっていうのがレーベルの理想形なんです。僕らのすぐ下の世代ではAOKI takamasaが頑張っていて、さらに下の世代ではDICHやAkiko Kiyamaが頑張っている。さらにその下も出てくるような、ちゃんとその世代ごとの層になったところでの強さがないとね。そういう力がある若手アーティストってたくさんいると思うんですよ。でもアーティスト自身の問題もあると思うんです。やっぱり、こんな状況の中で頑張っても跳ね返ってこないじゃんっていうふうに虚無感を持っているアーティストもいると思います。いいDJしていいパーティしても跳ね返ってこないっていう。ちょっと視点が変わればまた違うカタチになって行くんだとも思うんですけどね。まぁ結局は、アーティストそれぞれの問題であるとも思いますけど頑張ってほしいですね。
今までは、たくさんの音を使える可能性があるということを有益に捉えて音楽をつくってきたんです。コンピュータのプログラミングの音も含めてね。でも今回は、ポイントを一つ濃密にするために他のモノを捨てるってことをやってみよう、人が聴いたときに新しいと感じる音を捨てようと思いました。じゃあ何を使おう、例えばドラムマシーンも含めた普通のドラムの音、ギター、エレクトリックピアノ、ピアノ、オルガン、パーカッションあとはストリングスなど管楽器。ようするに誰もが知っている音と人の声だけで制作する。それは、何故かというと新しいモノっていずれ古くなるじゃないですか?だったら音色として新しい要素が無くてよければ古くならないって思って。もちろんスタイルは、古くなりますけどね。だから、今までまわりから「この音はどうですか?この音は聴いたことがないし新しい!」って言われていたことを止めようと思ったんです。誰でも使える音でやろうと思って、楽器に関してはほとんど生のモノを使いました。編集用にコンピュータをつかったぐらいです。でも打ち込んだトラックに生楽器を乗せただけになると有機的に絡まないんですよ。それを回避するためにスケールに対して楽曲を違うスケールでつくったり。テンポを計算してそのまま弾いてもナチュラルな音をだったら2つ上のテンポにしたキーで録音する。その時に一音をコードの中のテンションとして凄くブルージーにしたい。そしたらそれ用に違うキーを設定してそれをつくってそれを二つ落として違うキーに最終的にあてはめる。それを弾いているんですけど、あたかもサンプリングしたりとか不安定な状況で演奏したような仕上がりになるんです。だからこのトラックでこの上に演奏した人って一曲位しかないんです。だから実は、このアルバム用としてこの3倍のトラックがある。そういう意味では、もの凄くテクノロジーを使っているんです。普通のミュージシャンが絶対にやってない方法でね。だから普通に演奏した感じになっている。これってどうやって弾いたんだろう?と他のミュージシャンは思いますね。弾いているっていうか、この音ギターにないよ!ってね。ギターの一番低い音より低くなっている音だったり、この音からこの音に飛べないとか質感も含めてですけど。生楽器を使っているのにテクノロジーが無かったら出来なかったのが、このアルバムなのかもしれませんね。ギクシャクした楽器と楽器の関係性って必要だと思うんですけど日本人って自分も含めて少し苦手なんですね。ナチュラルに美しくキレイにまとめあげるってことに長けている人種で乱暴な感じに弱いと思うんです。いかに音と音のぶつかりあいを乱暴にするかを考えた方法論がこのテクニックだったんですよ!
去年、オーケストラ作品を半年間スイスの街にこもって制作してその初演もやったんです。60人程のオーケストラのメンバーに自分がつくった楽曲を演奏してもらうって作業的には本当に面倒なことでした。各セクションごとに一つ一つのフィロソフィーを伝えないと演奏が出来ないんですよ。僕が書いた100ページに及ぶスコアを第二言語で説明するのに5時間位かかったのでモノ凄いストレスでしたね。(笑)でもそれをやって僕が一番発見したことはコンテンポラリーミュージック、ようするに現代音楽のクラシカルであるオーケストレーションの扱い方が限りなくテクノミュージックの打楽器の音程配順に近いんですね。それは、音をどうデザインしていくかってことが現代音楽の中で重要なタームを持っていて12音っていうものが、どうハマれるかっていうのが20世紀の音楽の課題でもあったと思うんです。でもテクノっていうのは最初からそれを自然に持っていて12音以外のフィーリングを打楽器の連打でなんとなくピッチがあうっていう。コンテンポラリーミュージックが20世紀を通して追求してきたことなんですよね。それをテクノというのは、機械をつかって自覚なしにもっとシンプルにやっている。そのことがわかって、オーケストラ作品をつくる時に自分がテクノをつくっていたというリズムの方法論が通用するしその逆も出来ると思ったんです。だからテクノを聴くリスナーがオーケストラ音楽を聴くと結構好きになると思いますよ!同じようにデザインされていますから。オーケストラって長いタームで徐々に徐々にビルドアップしていってどこにクライマックスをつくるかといったそんなところもテクノに似ていますよね。
アーティスト同士でいうとこういうジャンルの音楽では、けして日本以外のアーティストが日本人のティストを認めていないとは思わないです。言語の問題とか肌の色の問題とか未だにハンディキャップがあることも事実ですが、DJもアーティストも音を届ける時に音だけじゃないモノって必ず付随しますよね。僕たちはアートだと思ってやっているその反面、自分自身もその中で売るってことになっているって否定できないことだと思うんです。田中フミヤのDJが良いその時に田中フミヤの人物自体、前には来ていなくても付随している。より一般層のリスナーになんらかのコンタクトをとって好きになってもらおうと考えた時に日本人が外国人にというのは、外国人が外国人に対して行うパフォーマンスよりどうしても劣ってしまいます。だからけして不可能ではないことなんだけど、簡単だとは言えないってことなんですよね。「だから僕たちは、それを超えられる位、より音楽の強度を上げていかなければならない、甘えていたら勝てないんです。自分を貫いていくために全部の面で強度を上げる!それは、音楽的にもそうで気に入って貰えなかったら次がないですからね。」フミヤクンなんかは横でDJやっているのを観るかぎり海外において彼は、それを一つ一つクリアしていっている。それは、人間的なことも含めてオーガナイザーや一緒にプレイするDJ、みんなに音も良いし人も良いし考えてることも素晴らしいって思ってもらってまた次がある。その雰囲気がオーディエンスにも伝わって「コイツいいよね!」っていう気持ちになることがあると思うんです。みんなに認めてもらうためには、そういったことをクリアしていかないといけない。海外って簡単に言うけどやっぱり厳しいですよ。アウェイな時の厳しさってもう折れそうになるよー。(笑)







