BRISA

2008-10-14 UP

BRISA

Tetsu ShibuyaによるソロプロジェクトBRISA。03年より楽曲制作を始め、これまでにKingStreet(USA)、IRMA(Italy)、SONAR KOLLEKTIV(Germany)、Poussez!Music(France)など各国からリリースを重ね、Danny Krivit、Patrick Forge、Jazzanova等の世界中の一流DJ達のプレイリストにラインナップされ、国内でも大きな注目を浴びることとなる。そして遂に国内デビュー盤となる1stアルバム「Elevation Perception」を2008年10月にリリースする。彼に音楽のバックグラウンド、DJ、楽曲制作等について訊ねてみた。 ■BRISA Profile http://www.clubberia.com/Artist/Detail/?id=1900 ■BRISA 『Elevation Perception』 http://www.clubberia.com/Release/Detail/?id=2346 ■BRISA 『Elevation Perception - PV』 http://jp.youtube.com/watch?v=25OjIFqxX1Q

Interview & Text:福富幸宏

─ 本格的に、音楽に興味を持ったのはいつ頃からですか?

音楽を意識して聞くようになったのは、中学生くらいですかね。ブラックミュージックの持つソウル的なものに興味を持った頃からだと思います。あとは、高校に入った頃、親父の車に乗ると、車でジャズがかかっていたんですね。スタンダードが何気なくかかっていて。なんとなくかっこいいと思い始めて、父親が持ってたマイルス・デイヴィスやハービー・ハンコックなどのカセットを借りて聞き始めました。そんな矢先、高校の友達にすごくお洒落な人が居て。洋服とか、カルチャー的な部分にも、すごく興味を持ってる人で、その人と仲がよくなって、家に遊びに行くようになりました。その人の家に、ピチカートファイヴとか、UFOのCDとか、あとはマンデイ満ちるさんのデビューアルバムとかを聞きましたね。

─ 1993~4年頃くらいの事ですね。

当時はぼんやり、なんとなくお洒落というか、こういう音楽はかっこいいなあ、と思っていて。まだその時は、クラブ・ジャズって言う言葉がよく理解できていなかったんですが。ある日その人が、名古屋にジャイルスが来日して、UFOやマンデイ満ちるさんも出演するというので、一緒に連れていってもらって、ジャズで踊るという事をその時に初めて知りました。凄く衝撃を受けて。「ジャズで踊る」という行為に、とにかく衝撃がありましたね。それ以来、トーキンラウドとか、インコグニートや、ガリアーノなどを聞くようになって。とにかくACID JAZZは、衝撃と、大きな影響でしたね。

─ 本格的な音楽的な目覚めは、ジャズだったってことですね。日本のDJから影響を受けて、海外のDJを知って、音楽をどんどん知るようになるという。

そうですね。最初はハウスよりはジャズでしたね。でも当時、ハウスという音楽を意識した聞き方をしていたわけではないですが、ピチカート・ファイヴの『東京は夜の7時』や、クリスタル・ウォーターズの『ジプシー・ウーマン』などが、その、お洒落な友達の家にありまして。ハウスと意識して聞いてはいませんでしたけど、いいなあ、と思ってましたね。一方で、もう少しロック寄りですが、プライマル・スクリームの『Screamadelica』なども好きで、ライブなども行ったりしましたね。その後はとにかく、ACID JAZZのCDを買い漁りまして、ホントは行ってちゃいけないんですが(笑)。名古屋のクラブ・ジャズ系のTEXTEっていうclubによく行くようになりました。

─ その頃は、「音楽を作ろう」とは思わなかったんですか?

全く思ってませんでした。まず楽器も何も出来なかったですし、そういう考えにならなかったですね。聴いている事が好きだったんです。その頃は、音楽も好きでしたが、グラフィックをやりたい気持ちの方が大きかったので、音楽とグラフィックが両方できるもの、MTVみたいな映像を作りたいと考えていて、それで高校を卒業した後、金沢の美大に進学しました。

─ 学部は、何だったんですか?

視覚デザインという学部なのですが、ヴィジュアルを全般的に扱う学科ですね。大学に通い始めた頃、金沢にもクラブがあると聞いて、遊びに行き始めました。そこが、たまたま金沢でも有名なハウス箱だったんですよ。そのお店は、結構サウンドシステムにこだわっていたりとか、ゲストも海外から本格的なDJを呼んでいて。通い始めた矢先に、Louie Vegaが来たんですよ。『Nervous Track』ってあったじゃないですか。ジャズ的な評価もあった曲で、その曲を知っていたので、行ってみたところ、完全にハウスに打ちのめされまして。いまでこそ、"クロスオーヴァー"というジャンルもありますが、4つ打ちの中に、ジャズ、ラテンなど色々なジャンルのエッセンスを感じるプレイスタイルに、"これだ!"と思いまして。当時、Tony HumphriesやDef MixまわりのDJなど、他のハウスDJも頻繁に来ていて、連続してそういったイベントに行った事で、"ハウスはヤバい” と思いましたね。

─ ハウスとの本格的な出会いですね。

そうですね。その頃に、DJをやってみたいなと思いました。それまでは、CDしか買ったことなかったのですが、ターンテーブルとミキサーを買って、初めてレコードを買いにいきました。それが18歳くらいの時でしたね。その、通っていたクラブでDJをやらせて欲しいと思って相談したら、クラブの人に、うちで働くならDJをやらせてあげるということになり、そこで働くようになりました。基本的にその箱は、ハウス系がメインだったのですが、田中フミヤさんや、Jeff MillsなどテクノのDJや、JAZZ、ヒップホップのDJも、国内外問わず来てたので、幅広くクラブミュージックの影響を受けたと思います。その時はそこまで考えてなかったのですが、特定のジャンルに偏らず音楽を聴けた事は、いい経験だったと思ってますし、今考えると、そこが現在の自分のベースになっていると思います。レコードは、ハウス中心で買ってはいたのですが、徐々に色んなタイプの音楽に興味が向くようになりましたね。あと、クラブで働き始めたことによって、大学生活が段々おろそかになってきて…(笑)

─ 順当に(笑)

順当に(笑)。これからどうしようか、という事を考え始めて。ちょうどその頃、VJが世の中に出始めた時で、音楽と映像の融合という点では、魅力的に感じていたのですが、当時、特に傾倒していた、いわゆるNYハウス/ガラージには、どちらかというと密室の音楽で、真っ暗なフロアで聞くのが気持ちがいいみたいな…、あれ?映像いらない?と自分の中で結論が出てしまって。じゃあ、もう音楽だけでいいと思いまして、結局大学も途中で辞めました。しばらくそのまま、金沢のクラブで働いていました。ただ、働いているうちに、もっと外の世界が見たいと思い始めて。たまに東京や大阪に遊びに行ってたのですが、やはり一度は東京に住んでみたいという気持ちがどんどん強くなって、金沢を離れ、愛知に一度戻ってお金をためて、22歳で上京しました。

─ 出てきてすぐにDJをやり始めたんですか?

上京したての頃は、地方に比べ色々なパーティが毎日のようにあるので、ひたすらにクラブ通いをしてまして、その中で、KEIとNAGI(現Dazzle Drums)という2人と出会いまして、ちょうど青山のLOOPでパーティを考えてるんだけど、よかったら一緒にやらない?と誘われ、当時渋谷のReal Music Recordで働いていたシンゴ君も加わり、東京でもパーティをやり始めました。それが23歳の時ですね。

─ その時点では、まだ制作はやっていないんですか?

その時点でも、まだ音楽を作ろうという気持ちは全く無くて。ただ、元々、何かを表現したい、作りたいという願望は強かったので、潜在的にそういう意識があったんでしょうね。パーティをしばらく続けているうちに、ある時ポンっと、自分で音楽を作ってみたいという気持ちになったんです。とはいえ、バンド経験もないし、楽器もできないし。でも、これならなんとなく作れるんじゃないかっていう気持ちもあって。当時、本当に何の音楽経験もなかったんですけど、音楽を作ろうと思い立って、機材を買ったのが2003年の10月頃でした。

─ 最初に買った機材は何でした?

Macは元々持っていたので、Macで何か作れる環境を整えようと思って、秋葉原に行ってLogicなどを買いました。最初は、とにかく機材をの使い方を覚える事からでしたから、1人で、ひたすら家で機材と格闘という感じでした。あ、音が出た!みたいな(笑)。そんな折、シンゴ君が家に遊びに来て、そこで、じゃあ何か一緒にやろうかという話になり、Agora Rhythmが誕生しました。2人で一緒に作った一番最初の曲を、CISCOの野口さんに渡したところ、何かの荷物と一緒に、ダニークリビットに渡してくれて。そうしたら、ダニーが気に入ってくれたらしく、向こうで色々なレーベルの人に配ってくれて。King Streetと、Jellybeanと、chez(注:すべてNY拠点のハウス/ダンス・ミュージック・レーベル)から、いきなりオファーが来て。ビックリしましたよ。

─ その曲は、制作を始めてどれくらい経ってから出来たんですか?

そうですね...。2003年の10月に機材を買って、11月中のどこかしらで出来てました。

─ 始めて1ヶ月で出来た曲なんですか!?

はい(笑)。で、最終的に、King Streetにレーベルが決まって、リリースしたのが2004年の春先頃だと思います。

─ 凄いですね。初めて作った曲で、ワールドワイドリリースって...打ち込みを始めたばかりの人には、本当に夢のある話だと思います。

その後、Agora Rhythmとしては、オリジナル12'をを3枚KingStreetからリリースして、その後、Sonar Kollektivからもリリースしました。Sonar Kollektivは、神戸にストラーダレコードというレコード店があるんですけど、そのお店の方に、シンゴ君がDEMOを渡していたんですね。たまたま、お店に、JAZZANOVAのALEXが来る機会があり、音源を聞かせてくれた事で、興味を持ってくれまして。同じ頃に、ALEX FROM TOKYOにも同じデモを渡していて、Innervisionsのパーティでプレイした時に、DIXONが『この曲は誰だ?』と聞いてきたそうで、ちょうど同時期に、JAZZANOVAの中でもAgora Rhythmの認知がつながって、それで声をかけてもらいました。

─ パーティや、レコード屋で音源を気に入った人が居て、リリースしないかっていう話になるというのは、本当にまっとうな話だと思います。まず音楽ありき、という一番シンプルなところが、すごくいいですね。DJの方は、その頃はどうしていたんですか?

曲を作り始めた時に、ずっとLOOPでやっていたパーティを辞めたんです。その後はカフェとか、ラウンジダイニングみたいなところでは、BGM的なDJをしてはいたのですが、クラブでのDJは、一回辞めました。

─ それは何故ですか?

制作に没頭するためです。正直、その時期は、全ての時間を犠牲にしてでも、曲作りをしているほうが、本当に楽しかったので。もともと性格的に、いろんな事を同時並行するのは得意では無かったこともあって…DJを止めて、曲作ってましたね。

─ その頃はAgora Rhythmとしての制作が主ですよね?Brisaとして一人で作り始めたきっかけは何ですか?

Agora Rhythmで色々と活動していた頃、ある時、IRMAさんの方から、Bossa系のコンピで楽曲を探していて、何か無いですか?と聞かれたんです。その時に、自分のストックの中から、提出した曲がBRISAとしての最初の曲ですね。その辺りから、一人でも楽曲を作り始めまして、自分でデモを色々なレーベルに送ったりしました。やはり自分一人で完結した作品も作りたいという気持ちはありましたので。最初の頃は、Agora RhythmとBRISAを並行してやっていて、その後Agora Rhythmを休止してからは、BRISAと、他にperspectivという名義もやり始めました。しばらくして、愛知に戻る事になりまして、そちらで活動を始めたのですが、今までは海外ばかりデモを送っていたのを、徐々に国内でもきちんとリリースしたいと思い始めてきまして、国内のレーベルにも音源を送り始めました。

─ どんな音楽に影響を受けましたか?またどんなDJ/アーティストが好きですか?

僕は、エクレクティックな、多様性を感じる音楽が好きなんですよ。ACID JAZZの時代は、D-NOTEというアーティストが大好きでした。ハウスの中では、当時のBody & Soulには、大きな影響を受けましたね。WAVE MUSIC(レーベル)が、凄く好きでした。DJだったら、ハウスで言えば、Francois Kとか、ジャズならGilles Petersonとか、ごちゃまぜ感のあるDJが好きなんですよ。多種多様な音楽がプレイされるパーティやDJが好きなのは今も変わらないですね。あとは、Phil Asherがすごく好きでした。ハウスの良さを持ちつつ、多様性のあるプロダクションが出来るので。Body & Soulでいえば、Francoisがプレイするエッジの強い、強烈なトラックにも影響をかなり受けました。大抵ヨーロッパの物が多かったですね。ハウスに限らず、刺激的、独創的な作品がヨーロッパはやはり多いと思います。自分が曲作りを始めてからは、むしろそちらの影響の方が、色濃く出ていると思います。僕の音楽の入り口はUK寄りACID JAZZ、その後USハウスに影響を受けたという感じですが、近年は、また急速にヨーロッパに戻ってきた気がします。でも、根柢にあるのは、ハウスでもJAZZでもテックでも、ヴォーカルでもインストでも、僕の中ではごくフラットな存在という事ですね。

─ 中高校生の時から、今に至る流れのきっかけは、ACID JAZZとの出会いだったんでしょうか?

そうですね。だからこそ、僕にとってマンデイ満ちるさんは特別な存在だったんですよ。今回のアルバムにフューチャリングが決まった事も、僕にとっては本当に特別で。昔、憧れていた人を実際にフューチャリング出来る機会が来るなんて、と思うと本当に感慨深かったですね。

■BRISA 『Elevation Perception』
http://www.clubberia.com/Release/Detail/?id=2346

─ 野望をひとつ達成しましたね(笑)

はい(笑)元々あまのじゃくタイプなので、今回のアルバムも、国内ではあまりないタイプの物をやろうと思っていました。そういう意味では、福富さんや、Jazztronikさんには、共感する部分を感じています。あとは、あるコンセプトに縛るのではなく、あえて自分が影響を受けてきた物をなるべく多くさらけだそうと。それが自分自身を知ってもらう最良の方法だと思いますし。あとは正直、今の一部の国産ハウスシーンに対しては、何かしら音楽で物を言いたいところもあるんですよ(笑)

─ 充分言えていると思います。今回のデビュー作は、ご自身の歴史を明確に反映し、過去に影響を受けたものを、一歩踏み越えたアルバムだと思います。

ありがとう御座います!

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